杜の都ふるさと便 

東日本大震災の復興・再生を祈願してみちのく&杜の都のニュースや話題等お伝えしています。

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宮城県の三陸沿岸で、マダコが思わぬ豊漁に浜が活気づく

宮城県三陸沿岸で、マダコが異常なほど大漁となっている。南三陸町ではここ1カ月で昨シーズン4カ月分の水揚げを超え、石巻市石巻魚市場も10月の取扱量が昨年同月の8倍に上る。温暖化などで暖流系のマダコが北上したとの指摘がある。秋サケや寒流系のサンマが不漁なだけに、思わぬマダコ豊漁に浜が活気づいている。

 マダコが名産の南三陸町では、地元漁協が夏から志津川湾に大量のマダコを確認し、通常は11月解禁の籠漁を1カ月前倒しする異例の措置を取った。

 町地方卸売市場によると、10月のマダコの漁獲量は115トン。昨季(昨年11月~今年2月)の63トンを上回り、約60年ぶりの大漁とも言われている。

 同町志津川の漁師さんは「例年は籠10個当たり2、3匹入っていれば良い方。今年は一つの籠に2匹入ることもある。こんなに捕れたのは初めてだ」と驚く。

 牡鹿半島沿岸でもマダコの漁獲が激増し、石巻魚市場への水揚げは10月に114トンを記録。昨年同月の14トンを大幅に上回った。

 南三陸石巻の両市場で、10月の平均価格は1キロ当たり922~932円と高値で推移。海外の輸入先や西日本などで不漁が続いた影響で、まとまった量を安定して供給できるため引き合いが多いという。

 豊漁の要因について、漁業情報サービスセンター東北出張所(石巻市)の高橋清孝所長(65)は「海水温の上昇により、茨城や千葉で産卵していたマダコが福島や宮城で卵を産むようになった可能性がある。餌のカニが豊富なことも影響しているのではないか」と説明する。

 南三陸町の関係者は、暖流で北上した「渡りダコ」が餌の豊富な三陸沿岸にとどまったほか海水温の上昇で越冬できるようになり、志津川湾で生まれた「地ダコ」が増えたと推察する。

 同町志津川の水産加工会社は「いつ不漁になるのか分からないので来年の分まで確保したい。安定した量が手に入る今のうちに新商品の開発にも取り組めそうだ」と意気込む。

マダコ
マダコ(真蛸、Octopus vulgaris) は、タコ目・マダコ科に属するタコの一種。世界各地の熱帯・温帯海域に広く分布し、日本では一般にタコといえば本種を指すことが多い。

浅い海の岩礁サンゴ礁に生息するが、外洋に面した海域に多く、内湾には少ない。真水を嫌い、汽水域には生息しない。昼は海底の岩穴や岩の割れ目にひそみ、夜に活動して甲殻類や二枚貝を食べる。腕で獲物を絡め捕り、毒性を含む唾液を注入して獲物を麻痺させ、腕の吸盤で硬い殻もこじ開けて食べてしまう。ヒトに対してもかなりの毒性を発揮し、咬まれた場合相当な期間、痛みが続くことがある。

天敵は人間の他にも海鳥、ウツボ、沿岸性のサメ、エイなどがいる。危険を感じると墨を吐き、敵の視覚や嗅覚をくらませる。腕を自切することもでき、欠けた腕はしばらくすると元通りに再生する。

日本では重要な漁業資源で、タコ類の中では最も産額が多い。瀬戸内海の明石沖でとれるあかしだこが珍重される。近縁種がアフリカ大西洋岸諸国等からも輸入されている。モロッコからの輸入は一時日本での消費量の4割を占めていたが、乱獲のため漁獲量が減少し、2003年から年あたり8ヶ月程度の禁漁規制が続けられている。一方、タコを食べる文化が無い欧米地域(スペイン、イタリア、ギリシャなどを除く)ではデビル・フィッシュ(Devil fish 悪魔の魚)と呼ばれたりもする。

カニ等を餌とした釣りも行われるが、物陰にひそむ性質を利用した「蛸壺」(たこつぼ)漁法が主流である。大阪湾沿岸の弥生時代の遺跡からも、蛸壺用と思われる土器が大量に発掘されており、古くから食用にされていたことが窺える。

塩で揉み洗いしてから茹でて、酢蛸や煮物、寿司種等にする。茹でずに生で刺身にしたり、薄切りにしてしゃぶしゃぶにしたりすることもある。

日本水産は2017年6月8日、マダコの完全養殖技術を構築したと発表した。


南三陸町
南三陸町(みなみさんりくちょう)は、宮城県北東部に位置し、本吉郡に属する唯一の町。

 

東日本大震災
2011年(平成23年)3月11日14時46分18秒、マグニチュード9.0の東北地方太平洋沖地震が発生し、南三陸町震度6弱(観測地点:歌津地区、志津川地区)を記録した。

さらにこの地震が引き起こした大津波は町内の3つの川を逆流し、1960年(昭和35年)のチリ地震による津波の到達地点を越えて内陸深く進入した。 庁舎もこれに巻き込まれた。

この地殻変動により、志津川地区の地盤は大きくずれた。
町内にある5つの鉄道駅(全てJR気仙沼線)は、周辺地域の駅同様、その全てが甚大な被害を受けた
陸前戸倉駅は駅と周辺施設の全てが跡形も無く流失し、志津川駅・陸前港駅は駅舎などが流失し、線路も大きな被害を受けた。

高台よりにあった歌津駅清水浜駅は辛うじてプラットホームが残り、駅舎は半壊にとどまったものの(歌津駅の駅舎は全壊)、周辺の線路は大きくねじ曲がった。

至る所で線路が寸断し、鉄橋も崩落、トンネル内にも瓦礫や漁船等の津波漂流物が入り込むなどした気仙沼線の復旧は、長い時間を要するものとなった。

◆産業
江戸時代以降、入谷地区を中心に養蚕業が盛んに行われるようになり、仙台藩における養蚕・生糸生産の中心地となったが、生糸生産は現在ではほとんど行われていない。

志津川湾では、ギンザケ、カキ(牡蠣)、ホタテガイ、ホヤ、ワカメなどの海面養殖業が盛んに行われてきている。近年では、農漁業体験を含む滞在・体験型の観光にも力を入れていた。

面積163.40 km²
総人口11,748人
(推計人口、2017年9月1日)
人口密度71.9人/km²
隣接自治体石巻市登米市気仙沼市
町の木タブノキ
町の花ツツジ
他のシンボル
町鳥 :イヌワシ
海の生物 :マダコ
町の色 :スカイブルー

 

◆名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
田束山: 田束山信仰
神割崎
神割崎キャンプ場(神割崎オートキャンプ場)
椿島:国の天然記念物「椿島暖地性植物群落」(1966年)がある。
入谷八幡神社(いりや はちまんじんじゃ):天武天皇元年- 14年(672- 685年)の創建。入谷水口沢に所在。
樋の口不動尊(ひのくち ふどうそん):田束山麓の樋の口地区にある荒澤不動尊で、円仁(慈覚大師)の作と伝えられる不動明王像を祀る。創建年代は平安時代以後。つつじまつり(5月下旬開催)。
入谷打囃子(いりやうちばやし):宮城県指定無形民俗文化財
荒澤神社:別名「滝不動」。貞観年間(859- 877年)に大和国(現・奈良県)にある龍田神社の分霊を祀り創建という[28]。志津川袖浜に所在。
太郎坊杉(太郎坊の杉):荒澤神社境内にある、推定樹齢約800年・樹高約42m・根周り11.7mの杉の巨木。1955年(昭和30年)宮城県指定天然記念物
次郎坊杉(次郎坊の杉):荒澤神社境内にあった杉の巨木。1958年(昭和33年)の狩野川台風で倒壊し、失われた。
須賀神社
春日神
戸倉神社
全慶寺
金秀寺
大雄寺
行者の道遊歩道
坊ァ墓
南三陸町の成人式は毎年夏、それも基本的に終戦の日に行う。これは旧・歌津町志津川町時代からの名残である。過去に一度、他の多くの地方自治体と同じように1月に行う案も浮上したが、その年の新成人達から反対の声が挙がり、現在も夏のままである。戦没者への黙祷などをするためか、近年問題となっている新成人のモラルの低下による七五三現象などは見られない。
志津川のモアイ
共にチリ地震津波(1960年)の被災地であるということでチリと縁を持つ宮城県志津川町(現・南三陸町)では、友好のシンボルとして、チリで作られたモアイのレプリカを輸入し、1991年(平成3年)7月、志津川湾に面する公園(チリプラザ)に設置した。
歌津魚竜館 :魚竜の一種・ウタツサウルスなどの化石を所蔵。※ただし、東日本大震災被災前。
ひころの里:志津川町の入谷地区(現・南三陸町志津川入谷)に造られた観光施設。
長須賀(ながすか)海水浴場
袖浜海水浴場(サンオーレそではま)
長清水海水浴場
志津川海洋青年の家
水郷生活センター
平成の森
平成の森しおかぜ球場

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ディスカウント量販店のドン・キホーテ(東京)が青葉区中央1丁目の旧仙台東洋ビル跡地入り、2018年4月下旬のオープンを計画

仙台市青葉区中央1丁目の旧仙台東洋ビル跡地に建設中の新商業ビルに、ディスカウント量販店のドン・キホーテ(東京)が入り、2018年4月下旬のオープンを計画していることが27日、分かった。ドンキがJR仙台駅周辺に進出するのは初めて。

 関係者によると、ドンキ側は近隣の商店街関係者に概要を説明した。計画によると新ビルは地上10階、地下1階。1~7階にドンキが入り、店舗面積は計約4400平方メートル。ドンキは24時間営業となる。地下1階には飲食店が複数入居する予定。

 1階に荷さばき施設を設けるほか、9階にオートバイや自転車の駐輪場を整備する。屋上は緊急時の避難スペースとする予定。

 親会社のドンキホーテホールディングス(HD)は8月、コンビニ大手のユニー・ファミリーマートホールディングス資本提携するなど、事業の拡大に向け攻勢を強めている。

 仙台駅前の店舗について、ドンキホーテHDの担当者は「何もコメントできない」と話した。

 仙台圏には青葉区の晩翠通り店や富谷市の仙台富谷店など5店舗ある。

 新商業ビルの建設地は愛宕上杉通とハピナ名掛丁アーケード街の交差点角。合同会社グリーンファイル(東京)が再開発を手掛け、工期は18年2月末まで。

 

ドンキホーテ
株式会社ドン・キホーテ(英: Don Quijote Co., Ltd.)は、関東地方を中心に、日本の主要都市で主に総合ディスカウントストアを展開する企業。

2013年12月、商号を株式会社ドンキホーテホールディングスへ変更し、持株会社体制に移行。同年8月に設立した新会社に会社分割で事業を承継し、新会社が株式会社ドン・キホーテの商号を継承した。

略称はドンキ。本社は東京都目黒区青葉台。店舗ロゴなどにおいてはドン.キホーテと、ドンとキホーテの間がピリオド(.)の表記となっている。

関連会社に長崎屋、ドイト、ダイシン百貨店がある。
このうち、長崎屋・ダイシン百貨店については、自ブランドからドン.キホーテブランドに転換して営業している拠点(秋田店など)もあり、さらに入間店はドイトが運営している(もともとドイトだった店舗を転換し、継続してドイトが運営している。他のドイトからの転換店舗は、ドン・キホーテ本体が担当)ため、店舗ブランドとしてのドン.キホーテは、直営店舗と長崎屋運営店舗・ドイト運営店舗・ダイシン百貨店運営店舗とが存在する。

◆企業原理
ドン・キホーテグループは「顧客最優先主義」を企業原理とし、いついかなる時も、お客さまの暮らしを支え、お買い物の楽しみを提供することを第一に、行動することを定めています。 それは経営においても、一人ひとりの社員においても同様であり、常に「我が店が何によって生かされているのか?」を自問自答し、「顧客最優先主義」を愚直なまでに突き詰めることこそが、成長の礎であると考えています。

◆経営理念
第一条 高い志とモラルに裏づけられた、無私で真正直な商売に徹する
第二条 いつの時代も、ワクワク・ドキドキする、驚安商品がある買い場を構築する
第三条 現場に大胆な権限委譲をはかり、常に適材適所を見直す
第四条 変化対応と創造的破壊を是とし、安定志向と予定調和を排する
第五条 果敢な挑戦の手を緩めず、かつ現実を直視した速やかな撤退を恐れない
第六条 浮利を追わず、中核となる得意事業をとことん突き詰める
ドン・キホーテグループの六箇条からなる「経営理念」は、企業原理「顧客最優先主義」を実現するための行動理念として定めています。この企業原理と経営理念は、未来永劫不滅なドン・キホーテグループ独自の矜持(きょうじ)と存在理由そのものにほかなりません。

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速報!仙台の降水連続日数が36日の新記録 2017年8月26日「杜の都は♪~今日も♪~雨だった♪~」悲しき雨音

速報 2017年8月26日仙台は雨でついに降水連続日数が36日の新記録

 

 仙台で8月25日降水連続日数35日連続で1位タイに並ぶ

仙台の降雨は35日連続となり、6~9月では1934年の観測史上1位に並んでいました。

宮城県仙台市では今日25日も前線などの影響で朝から弱い雨が降り、降水連続日数が35日となりました。6月-9月として統計を開始して以来、史上1位タイとなりました。

そして今日2017年8月26日(土)降雨確率70%  最高気温は32℃/ 最低気温22℃ との予測。

本日26日午前中より我が家では雨が降っています。仙台管区気象台で聞いたところ本日は雨ということで新記録となりました。

 

降水連続日数が36日で新記録達成です。但し、27日(日)は晴れとのことです。一安心。

 ただ、晴れは長続きせず次週30日水曜日は低気圧や前線の影響で強雨の恐れがあります。

 

ここ20日間の日照時間は、たったの20.6時間。平年の22%と4分の1以下の日照となっています。すっきりしない天気は来週も続く予想で、記録は更新されそう。

農作物への影響などが心配です。

人間の体への影響も心配です。

日照時間も平年の2割程度という「冷夏」で、宮城県では今月、「農作物異常気象対策連絡会議幹事会」を14年ぶりに開催。現時点では大きな影響は出ていないものの、関係者は今後、10月から11月にかけて「大根やキャベツ、ネギなどは出荷が遅れる可能性がある」と心配な表情だ。

野菜などの価格はもうすでに値上がりが始まっています。

 


悲しき雨音/カスケーズ

※仙台では6月から9月までの夏の時期としては83年前の昭和9年1934/7/8〜8/11に記録した35日連続が最長です。(1926年以来)

日本最長は札幌 2013年8月4日から9月8日までの36日間と言われています。

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「仙台は今日も雨だった♪~」 杜の都の連続降雨 「35日連続」の新記録となるか  史上2位を更新

連続降雨 仙台34日連続 史上2位を更新 「35日連続」の新記録となるか

 東北地方は24日、前線を伴った低気圧が発達しながら日本海を東に進んだ影響で、日本海側を中心に雷を伴って非常に激しい雨が降った。仙台は34日連続の降雨となり、6~9月の観測史上2位を更新した。

「仙台は今日も雨だった♪~」


 仙台管区気象台によると、24日午前8時から午後4時までの雨量は山形県真室川町差首鍋(さすなべ)104.5ミリ、仙北市田沢湖高原65.0ミリ、酒田63.0ミリなど。

 大雨で土砂災害の危険性が高まっているとして、五所川原市、大仙市、北秋田市仙北市は一部地域に避難勧告を発令。秋田市岩手県西和賀町は一部地域に避難準備・高齢者等避難開始を出した。

 前線は25日昼前にかけて東北地方を通過する見込み。25日午後6時までの24時間雨量は多い所で日本海側北部250ミリ、南部150ミリ、太平洋側北部180ミリ、南部80ミリと予想される。管区気象台は落雷や竜巻、土砂災害や低い土地への浸水、河川の増水に警戒を呼び掛けている。

 

最長記録は「35日連続」
2017年7月22日から雨が降り続いている仙台市では、23日朝も雨が降り、連続降雨記録を33日間に伸ばした。観測史上の最長記録である、1934年の35日連続に並ぶまであと2日に迫った。

24日、降雨となり、6~9月の観測史上2位を更新「仙台は今日も雨だった♪~」
しかし、その後は雨が上がり、晴れ間が仙台市上空に広がった。更に気温もぐんぐん上がり、予想最高気温が30度を超えて熱中症への注意が呼びかけられるなど、一転してこの時期にふさわしい天候になった。

 久しぶりの晴れ空に喜びの声が上がり、洗濯にいそしむ人、ここぞとばかりに客を呼び込むお店など、様々な市民生活ぶりだった。

仙台の夏期期間の記録は35日連続なので、あすもあさっても雨を観測すれば、この記録に並ぶことになります。


◆東京都心は8月1日から毎日雨を観測していましたが、昨日22日は全く観測されず、東京都心での降水継続日数記録は21日連続でストップしました。
結局8月の記録である40年前の22日連続に並ぶことはありませんでした。
表中の降水量(0.0)ミリはぱらつく程度の雨量を含んでおり、21日連続降雨中、8日間でこの0.0ミリという降雨でした。

 

 

仙台市(せんだいし)は、宮城県の中部に位置する同県の県庁所在地かつ政令指定都市。また東北地方最大の都市でもある。

面積 786.30km2
総人口 1,085,156人
(推計人口、2017年7月1日)
人口密度 1,380人/km2
隣接自治体
名取市多賀城市、富谷市、
宮城郡七ヶ浜町利府町
黒川郡大和町
柴田郡村田町、川崎町、
加美郡色麻町
山形県山形市尾花沢市東根市
市の木 ケヤキ
市の花 ハギ
市の鳥 カッコウ
市の虫 スズムシ
仙台市役所
市長 郡和子


仙台市都心部周囲には広瀬川青葉山などの自然があり、また都心部にも街路樹などの緑が多いことから、「杜の都」との雅称をもつ。市は「学都仙台」「楽都仙台」などのキャッチコピーも用いている。東北を代表する港湾およびサーフスポットである仙台港仙台塩釜港)が北東部に、宮城県内の純観光地の中で宿泊客数第1位を誇る秋保温泉が南西部に、宮城県内で利用者数1位を誇るスプリングバレー泉高原スキー場が北西部にある。中国では、魯迅が留学した都市として知られる。

東日本等や海外(参照)の商店街イベントとして定着した七夕まつり(仙台七夕)、旧・仙台藩地域での仙台初売り、地方では困難な公的財源に頼らない大規模イルミネーションイベントのSENDAI光のページェント、「街角無料音楽祭」の定禅寺ストリートジャズフェスティバル、および、それがバリアフリー化したとっておきの音楽祭等、市民が中心となって創り上げた都市イベントを数々生み出しており、その運営ノウハウやフォーマットを市外・県外に移出する文化都市でもある。

現在の仙台市の推計人口は、東北地方の中で最も多い約109万人で、宮城県民の46.7%が居住し、秋田県よりも人口が多い。その仙台市が県内総生産の55.5%、県民所得の58.3%を占めており(2013年度)、「仙台一極集中」と言われることがある。また、仙台都市圏(広域行政圏)の推計人口は約153万人で、宮城県民の66%が居住する。このような集積度と東北における拠点性により、物販面では隣県に及ぶ仙台経済圏を形成している。

市街地は太平洋に開けた平野部に位置し、気候区分は太平洋側気候三陸型気候区に分類される。冬は海から近いことと晴天が多いため、東北地方としては温暖である。八王子市や宇都宮市といった関東地方の都市よりも最低気温は高く、真冬日は稀である。東北地方の県庁所在地の中で最も降雪量が少なく、積雪が一週間以上残存することは少ない。夏は太平洋からの海風の影響で気温はあまり上昇せず、夏日にはなるが真夏日・熱帯夜が少ない。また、霧の発生回数が政令指定都市の中では抜きん出て多いが、これは海上からの「移流霧」が主要因である。梅雨から初夏、秋分前後には、北東からの冷たい海風により、曇りがちとなって冷え込むことがある。
年間平均気温:12.4 ℃、降水量:1254.1mm、日照時間:1796.1時間。真夏日真冬日の合計(うち真冬日1.7日)は19.6日で、都道府県庁所在地の中で最も少ない。2番目は水戸市の約33日で、東京都(千代田区)の約49日と比べても非常に少ない。春から夏にかけて東風が卓越し、オホーツク海気団の冷涼湿順な海風が入り、奥羽山脈によるフェーン現象の影響を受けにくいことが要因である。冷涼な海洋性の気候で寒暖の差が少ないと言える。


地震
宮城県沖地震
1978年(昭和53年)6月12日夕刻、宮城県沖を震源とする大規模地震が発生、仙台市では震度5を記録した。倒壊したブロック塀の下敷きになるなどして28名が死亡、仙台市(現在の市域相当)では住居4,385戸が全半壊したほか、電気、ガス、水道も最大1週間に渡って停止した。
宮城県沖地震は、日本全国の建築基準を全面的に改定させた。この建築基準が17年後の阪神・淡路大震災まで続くこととなる。

東日本大震災
東日本大震災による津波の被害を受けた仙台市(2011年3月12日)
1978年の宮城県沖地震から33年後の、2011年3月11日14時46分に発生した東北地方太平洋沖地震東日本大震災)によって、地震津波の甚大な被害を受けることとなった。
仙台市内は震度6弱震度6強の強い揺れに見舞われたが、政令指定都市震度6弱以上の揺れを観測したのは、2005年の福岡県西方沖地震で福岡市で震度6弱を観測して以来となる。
また、大津波が押し寄せた宮城野区若林区を中心に多くの家屋が倒壊・流失し、市内の全住宅約50万戸のうち10万戸以上が全半壊するという壊滅的な被害を受けた。仙台市内の死者数は約850人にものぼった。また、この時期に物流や商業の新拠点として開発がすすめられていた仙台港後背地も甚大な被害を受けた。


◆祭り
最も有名かつ、観客者数の多い仙台を代表する祭りは、仙台七夕まつりである。七夕祭りは藩政時代以来の歴史を持つ祭りで、市中の商店が名誉をかけて華美を競い合い、全国でも類を見ない華麗な七夕祭りになったとされる。東北四大夏祭りの1つに数えられており、中心部商店街では、期間中200万人以上の人出がある。
仙台初売り(1月2日 - )
どんと祭(1月14日夜) - 大崎八幡宮、仙台東照宮など市内各神社
仙台・青葉まつり(5月第3日曜日とその前日)
一番町三社まつり(7月 海の日前日) - 一番町
三滝山不動院大祭(7月27日・28日) - 中央通り(クリスロード商店街)
夏まつり・仙台すずめ踊り(7月28日) - 宮城野通り
仙台七夕花火祭(8月5日) - 西公園周辺
仙台七夕まつり(8月6・7・8日)
金蛇水神社祭典(8月最終日曜日) - 一番町
みちのくYOSAKOIまつり(10月)
天空のゆりガーデン(7月〜8月)


◆グルメ
仙台は三陸の魚介類は勿論、各種農作物、ブランド米「ひとめぼれ」「ササニシキ」、高級和牛牛肉「仙台牛」の産地に近く、海の幸・山の幸が集積する。近年は、仙台中央卸売市場が仙台経済圏に商圏広域化し、弱体化した周辺の卸売市場の機能を肩代わりしているため、食材の集散地としての機能拡充も進んでいる。
庶民的な料理店の特色として、仙台発祥の牛タン料理の店が多く、仙台ラーメンを供する店もある。また、仙台駅は駅弁の種類が日本で最も多い駅として知られる(「仙台駅#駅弁」を参照)。
旬の味覚・季節料理
正月料理:ナメタガレイ(煮付けにして食べる)。雑煮(ハゼで出汁を取る)
春:山菜。くじらの刺身。海苔。赤貝。生マグロ(晩春〜夏)
夏:ホヤ・カツオ・サンマの刺身。ウニ。アナゴ。
秋:芋煮会。もどり鰹の刺身。サンマ、キチジ。ハゼの天ぷら。はらこめし。新米。
冬:アワビ。カキ料理。ホッキめし。タラコ(白子)。牛タンのしゃぶしゃぶ。
仙台発祥の料理[編集]
牛タン料理(1948年、味太助)
炉端焼き
レゲエパンチ (Reggae Punch)
仙台マーボー焼そば

◆名産
ひとめぼれ
ササニシキ
仙台牛
仙台味噌
仙台駄菓子
笹かまぼこ
牛タン
仙台長なす漬け
萩の月
白松がモナカ
どら焼き
ずんだ餅
どんどん焼き
(くるくるお好み焼き)

仙台平
仙台箪笥
仙台堆朱
仙台埋木細工
仙台竿
玉虫塗
こけし
堤人形
仙台四郎
つつみ屋の串だんご
支倉焼

◆名勝
仙台城
仙台市博物館
せんだいメディアテーク(「柱」のみで建つ特殊な構造のビル建築として世界的に有名)
仙台市科学館
仙台文学館(常設展や特別展があるが小規模)
定禅寺通りケヤキ並木・日本の道100選
晩翠草堂(「荒城の月」の作詞で知られる土井晩翠の住居)
三居沢発電所(現在も稼動している日本最初の水力発電所・参考:機械遺産No.26)
広瀬川(名水百選。芋煮会、釣り、カヌー。上流の新川の水でウイスキーがつくられている)
秋保大滝(国の名勝)
二口峡谷
「階段教室」(東北大学・片平キャンパス内。魯迅ゆかりの施設で、中国人観光客が見られる)
中本誠司現代美術館 仙台で数少ない現代アートの美術館 仙台市青葉区東勝山
山田上ノ台遺跡(縄文時代の遺跡)
地底の森ミュージアム旧石器時代の遺跡)
◆寺社
大崎八幡宮(本殿・石の間・拝殿は国宝・安土桃山様式の壮麗な神社)
輪王寺(仁王門は市指定文化財
瑞鳳殿伊達政宗廟。伊達家墓所。経ヶ峯歴史公園内)
陸奥国分寺・薬師堂
陸奥国分尼寺
仙台東照宮
大観密寺(仙台大観音)
成田山経ヶ峰国分寺
西方寺(通称:「定義如来」「定義山」。三角油揚げが名物)
北山五山
巡礼札所
仙台三十三観音
奥州仙臺七福神

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仙台育英 笑顔で奇跡の逆転サヨナラ勝ち 野球はツーアウトから

仙台育英が2年ぶり8強、大阪桐蔭春夏連覇ならず 高校野球
第99回全国高校野球選手権大会第11日3回戦   仙台育英2―1大阪桐蔭 ( 2017年8月19日    甲子園 )
仙台育英大阪桐蔭 高校野球>9回、馬目は左中間に逆転サヨナラ二塁打を放ち大阪桐蔭春夏連覇の夢を打ち砕く
 「ドラマは俺たちが作るんだ!最高の舞台じゃないか!」。9回裏、仙台育英・佐々木順一朗監督はそう言って打席に向かう選手を送り出した。
 
「私も、選手も9割負けると諦めていました。でも10割諦めてはいませんでした。」
仙台育英・佐々木順一朗監督
 
 2死走者なし。「9割くらい諦めていた」という指揮官だが、ドラマはここから始まった。5番・杉山が中前打で出塁し、さらに二盗に成功。6番・渡部が四球を選び、一、二塁。途中出場の7番・若山の打球は力のない遊ゴロ。
試合終了と思った瞬間、三塁側アルプススタンドはため息から歓声に変わった。一塁手がベースを踏み損ない、若山はセーフ。満塁となった。
 
九回2死一、二塁。仙台育英の若山は、遊ゴロで万事休したと思われたところがセーフになって命拾い。「何が何だか分からなかったけど、あとにつなげました」。
甲子園でもバウンドが変わる安打などがあり、普段からラッキーボーイと呼ばれている背番号15。ゴミが落ちていれば、「運拾い」といって拾うのがチームの取り組みだ。この朝もお菓子のゴミを拾った。「きっとそのおかげです」と笑顔が絶えなかった。
 流れは大きく変わった。続く途中出場の馬目の打球は中堅手の頭を越えた。歓喜仙台育英、泣き崩れる大阪桐蔭
 
「皆が2死走者なしから回してくれた打席だったので、何とかしようと思って打席に入った。ここで自分が最後になるかっていう場面だったので自分で決めてやろうという強い気持ちで入りました」と馬目。若山の遊ゴロで「正直言うと、本当にもう終わってしまった、と」思ったと打ち明けたが、「歓声がワーッとなって、まだ続いているんだなって思って。強く、自分が決めてやろうと思った」。
 

 
試合を決めたのは仙台育英の背番号16、途中出場の馬目(まのめ)だった。1点を追う九回2死満塁。「最後になるか、サヨナラか。自分が決めてやろうと思った」。中堅手の頭上を越える逆転の2点二塁打を放った。控え組は主力より実戦的な打撃練習の数が限られるというが、「その中で、ひと振りで仕留める練習をしてきた」と誇らしげだった。
 


大阪桐蔭「1塁ベース踏み忘れサヨナラ負け 春夏連覇ならず」9回裏ハイライト 仙台育英対大阪桐蔭 2017.08.19


 
ほんの数分前までの双方の立場が逆転したシーンとなった。
 
 「夢みたい。うれしいを通り越している」。1995年から途中休養もありながら約20年チームを率いている、普段は冷静な佐々木監督も興奮気味。「本気になれば世界が変わる」と常々選手に言い続けてきた言葉が現実となった。
 
 「最後のシーンは観客の一人として見てました。9回表が終わり、ドラマは俺たちが作るんだ、と言ってたじゃないかと円陣で話し、馬目には必ずお前に回ってくると。それにしても頼もしい選手です」
 「今年は強くない」と言い続ける佐々木監督だが、甲子園で勝つには実力とともに目に見えない“何か”が必要。
 
過去2回、夏の大優勝旗に手が届かなかった仙台育英だが、今年のチームはその“何か”を持っている。
 
第99回全国高校野球選手権大会第11日は19日、甲子園球場で3回戦の残り4試合が行われ、仙台育英(宮城)盛岡大付(岩手)広陵(広島)花咲徳栄(埼玉)が勝ってベスト8が出そろった。
試合後の仙台育英・佐々木順一朗監督(57)とのインタビュー。
 
 ・馬目(サヨナラ2塁打)には
 「必ずおまえに回ってくるから。『ドラマはおれたちで作るんだとずっといってきただろ、最高のシチュエ  ーションじゃないか』と円陣で話した」
 ・選手たちはあきらめてなかった
 「9割ぐらいはあきらめていたんじゃないか。10割はあきらめていないということ。まだ何かあると。
  馬目がヒーローになってくれたことがうれしくて仕方がない」
 ・なかなか点を取れず
 「ロースコアを期待していた。何となると思っていた。理想的な展開だった」
 ・勝てた要因は
 「九回、守備から帰ってきたとき、これ以上ないぐらいの笑顔だった。頼もしかった」
 
『甲子園には魔物が住んでいる、野球はツーアウトから、勝負は下駄をはくまでわからない』。等といった諺がホントになってしまった一戦だった。
 
印象的だったのはバッターボックスに入った選手はみな笑顔だった。
 
◆8月19日の試合結果
 仙台育英は2―1で、史上初となる2度目の春夏連覇を狙った大阪桐蔭に逆転サヨナラ勝ちした。1点を追う九回2死満塁から、馬目が左中間へ決勝打を放ち、2年ぶりの8強入り。
 
 広陵は6―4で聖光学院(福島)に逆転勝ちした。九回に中村の今大会4本目となる左越え2ランで決勝点を奪い、10年ぶりのベスト8。
 
 盛岡大付は延長十回、12―7で済美(愛媛)を破り、初の8強。十回、植田の2打席連続本塁打などで5点を奪い、2本の満塁本塁打を含む5アーチが飛び交った乱打戦を制した。
 
 花咲徳栄は10―4で前橋育英(群馬)を下して2年ぶりの準々決勝進出を果たした。埼玉勢は春夏通算110勝。
 
◆8月20日(日)の試合組み合わせ
準々決勝4試合。
公立の三本松と東海大菅生は初の8強。3回戦でともに延長勝ちの天理と明豊。初優勝を目指す東北勢は仙台育英広陵盛岡大付花咲徳栄と対戦します。
準々決勝 8:00開始予定
三本松(香川)-東海大菅生西東京
準々決勝10:30開始予定
天理(奈良)-明豊(大分)
準々決勝13:00開始予定
広陵(広島)-仙台育英(宮城)
準々決勝15:30開始予定
盛岡大付(岩手)-花咲徳栄(埼玉)
 ★仙台育英学園高等学校(せんだいいくえいがくえんこうとうがっこう)は、宮城県仙台市多賀城市に立地する私立高等学校。略称は仙台育英(せんだいいくえい)。
設置者は学校法人仙台育英学園。同法人は、東北地方では初の中等教育学校である秀光中等教育学校を設置している。
東日本大震災の影響
2011年3月11日の東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城野校舎は、2012年1月から改修工事が進められ、2013年3月24日に竣工した。同年4月9日には開校式が挙行され、授業が開始した。宮城野新校舎として完成したのは新『栄光』、新『南冥』、新『北辰』の3つの建物。新『栄光』と新『南冥』との間には、学園創立者である加藤利吉を記念した『GP(Great Principal)ホール』も建設された。
多賀城校舎グラウンド整備
2013年3月多賀城キャンパスのグラウンド(野球場『真勝園』、多目的グラウンド(サッカー場)、テニスコート)が人工芝に整備された。
■甲子園成績 3回の準優勝
1989年(平成元年) - 硬式野球部夏の甲子園大会(全国高等学校野球選手権大会)にて、準優勝。
2001年(平成13年) - 硬式野球部が春の選抜甲子園大会(選抜高等学校野球大会)にて、準優勝。
2015年(平成27年) - 硬式野球部夏の甲子園大会(全国高等学校野球選手権大会)にて、準優勝。
明治神宮大会
2011年(平成23年) - 硬式野球部が優勝
2014年(平成27年) - 硬式野球部が優勝
 
★佐々木 順一朗(ささき じゅんいちろう、1959年11月10日 - )は、宮城県出身の高校野球指導者。
モットーは「本気になれば世界が変わる」
選手歴
東北高等学校
早稲田大学
NTT東北
監督・コーチ歴
仙台育英学園高等学校

仙台育英(宮城)が毎回18安打の猛攻15―3で滝川西(北北海道)を破り、初戦突破 7月12日、全国高校野球

7月12日、高校野球 毎回18安打の仙台育英が15―3で滝川西を破る
第99回全国高校野球選手権大会第5日は12日、甲子園球場で1回戦が行われ、第1試合は一昨年準優勝の仙台育英(宮城)が15―3で滝川西(北北海道)に大勝して2回戦へ進んだ。
 
2年ぶり26回目出場の仙台育英は、毎回の18安打で15得点を挙げ8回連続で初戦を突破。東北勢悲願の初Vへ好発進した。
 
 序盤、仙台育英が豪快に得点を重ねた。1回、3番山田が左翼へ大会18号となる2ラン本塁打で先制。2回には敵失などでつかんだ無死二、三塁で9番、投手の長谷川が右翼へ3ランを放ち、5-0とリードを奪った。

 滝川西は1回から4イニング連続で先頭打者が出塁。だが送りバントで走者を進めることができず、攻撃のリズムをつかめない。
 
 仙台育英は中盤に追加点を挙げた。5回、相手守備のミスなどで無死二、三塁。2死となるが8番斎藤が三遊間を破る。2者が生還し、2点を加えた。6回も相手ミスに乗じる。野選などで1点を奪うと、5番杉山の2点三塁打も飛び出し、この回1安打で3点。得点を2桁に乗せた。
 
 7回、仙台育英は2二塁打などで2点。その裏、滝川西にチャンスが巡ってきた。3四死球で2死満塁。初めて得点圏に走者を置いた場面で、9番竹原の打球が右中間を破る。3人の走者が生還した。
 
 攻め手を緩めない仙台育英は8回に2点、9回にも1点を追加した。
 19年ぶり3回目の出場の滝川西だったが、攻守にミスが痛かった。春夏通じての甲子園初勝利はならなかった。
 
 ▽1回戦
仙台育英(宮城) 230023221=15
滝川西(北北海道)000000300=3
(仙)長谷川、佐川-渡部、阿部
(滝)鈴木、高島、奥村、鈴木-細矢
(本)山田、長谷川(仙)
 
<佐々木監督「何かが味方してくれた」>
 仙台育英が大勝し、2回戦に進んだ。序盤に一発攻勢を見せ、計18安打の猛攻。今大会最多の15得点と打線がつながった。4、5点が勝負の分かれ目とみていた佐々木監督は「二回までに5点差をつけ、チームに安心感が生まれた。何かが味方してくれた」と振り返った。
 
 今チームは昨秋の明治神宮大会、今春の選抜大会ではともに初戦敗退しており、全国大会初勝利。佐々木監督は「チームのムードは良い。体を休ませ、万全の状態で次戦に臨む」と意気込んだ。
 
☆彡雑感
育英は相手投手の不調、育英のそつのない野球が実を結び、大差で勝ったが、次回はコツコツと逆方向に打つバッティングを心掛けてほしい。
2番手のピッチャー佐川の制球が定まらなく、四球連発でさらにストライクを取りに行ったところを、痛打され、3失点した。平常心で次回は通常通りのピッチングを期待したい。
 
仙台育英学園高等学校(せんだいいくえいがくえんこうとうがっこう)は、宮城県仙台市多賀城市に立地する私立高等学校。略称は仙台育英(せんだいいくえい)。
設置者は学校法人仙台育英学園。同法人は、東北地方では初の中等教育学校である秀光中等教育学校を設置している。
宮城県仙台市宮城野区宮城野2丁目4番1号(宮城野キャンパス)
宮城県多賀城市高橋5丁目6番1号(多賀城キャンパス)
設立年月日 1905年
創立者 加藤利吉
共学・別学 男女共学
課程
全日制課程
広域通信制課程
単位制・学年制
学年制(全日制 特別進学コース、英進進学コース、情報科学コース)
単位制(全日制 外国語コース、フレックスコース、技能開発コース)
単位制(通信制
設置学科 普通科
学期 三期制
 
◆歴史
1989年(平成元年) - 硬式野球部夏の甲子園大会(全国高等学校野球選手権大会)にて、準優勝。
2001年(平成13年) - 硬式野球部が春の選抜甲子園大会(選抜高等学校野球大会)にて、準優勝。
2015年(平成27年) - 硬式野球部夏の甲子園大会(全国高等学校野球選手権大会)にて、準優勝。
 
東日本大震災の影響
2011年3月11日の東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城野校舎は、2012年1月から改修工事が進められ、2013年3月24日に竣工した。同年4月9日には開校式が挙行され、授業が開始した。宮城野新校舎として完成したのは新『栄光』、新『南冥』、新『北辰』の3つの建物。新『栄光』と新『南冥』との間には、学園創立者である加藤利吉を記念した『GP(Great Principal)ホール』も建設された。
多賀城校舎グラウンド整備
2013年3月多賀城キャンパスのグラウンド(野球場『真勝園』、多目的グラウンド(サッカー場)、テニスコート)が人工芝に整備された。
 

8月5日第48回仙台七夕花火祭で東日本大震災からの復興を願う約1万6000発が打ち上げられる

 仙台七夕まつり(6~8日)の前夜祭「第48回仙台七夕花火祭」(仙台青年会議所主催)が5日夜、仙台市青葉区の西公園周辺であった。濃い霧が立ち込めるあいにくの空模様の中、東日本大震災からの復興を願う約1万6000発が打ち上げられた。
 


仙台七夕祭りの七夕飾りと屋台情報


 テーマは「以心伝心~心通うやさしい強さ溢(あふ)れる仙台へ~」。仙台藩伊達政宗の生誕450年を記念し、三日月の前立てのかぶとや「450」をかたどった花火も用意された。

 来場者数は約45万人(主催者発表)で、昨年より5万人少なかった。霧の影響で上空で開く大輪はほとんど見られず、打ち上げを中断する場面もあった。
 仙台管区気象台によると、仙台七夕まつり期間中の天候は6、7日が曇り、8日が曇り時々雨の予報。最高気温はいずれも28度前後の見込み。

仙台七夕花火祭(せんだいたなばたはなびまつり)は、「仙台七夕まつり」(8月6日・7日・8日)に付随して、その前日の8月5日に仙台市で開催される花火大会。
 
◆開催時期 8月5日(悪天候の場合は8月9日に順延)
初回開催 1970年(昭和45年) 
今年2017年で48回目を迎える。
市街地で開催されるため、保安距離規制により打ち上げられるのは最大4号(直径約12cm)[6]までとなっている[1]。花火師は、仙台市唯一の花火会社で、シドニーオリンピック閉会式の世界五大陸花火・アジア代表の芳賀火工。
仙台七夕まつり」には団体ツアーの県外客が多いのに対し、「仙台七夕花火祭」は仙台市民が観客の中心である。ただし、隣県(仙台経済圏各県)からも若者が訪れており、約50万人の観客数となる。

◆観賞
会場となる広瀬川中流域(水面の平均標高30m程度)は河岸段丘が発達し、また、隣接する仙台市都心部(標高40m前後)には高層ビルや高層マンションも多いため、様々な角度からの観賞が可能である(当花火祭で上げられる最大の4号花火の到達高度は概ね160m)。仙台空港発着のヘリコプターやセスナ機で、上空からの花火遊覧飛行も可能。
例年、車両通行規制は、18:15から仙台西道路の上り(東北自動車道・仙台宮城IC⇒都心部)で始まり、18:30からは会場近くの道路(以下の1⇒2の順)で開始される。
1-仙台西道路、仲の瀬橋、広瀬通(西公園通〜晩翠通)、西公園通(定禅寺通〜青葉通)、大橋
2-晩翠通(定禅寺通〜青葉通)、広瀬通(晩翠通〜東二番丁通り)
◆近年の問題点
近年、県・市からの補助金と企業からの協賛金だけでは運営費の全てをまかなうことが出来なくなってきている。
対策として有料観覧席が設けられ、その収益を運営費に当てている。しかし、それでも足りないため、街頭募金が行われている。2009年の予算は4000万円だが、深刻な資金不足に陥っている。2014年は後述の通り打ち上げ場所の移転に伴い目標金額が9300万円と大幅に上がっている。
打ち上げ場所の広瀬川仲ノ瀬緑地運動広場は、仙台市地下鉄東西線(2015年(平成27年)12月6日開業)がその南部の上空を広瀬川橋梁が横切り、隣接する仙台商業高校跡地南端に国際センター駅が設置されているため、東西線開業後の当花火祭の開催継続が危ぶまれている。2014年は打ち上げ場所が東北大学百周年記念会館川内萩ホール)敷地内(南西方向に約400m程移動)に変更した。
 
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