杜の都ふるさと便 

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「3月11日、街を黄色に染めよう」 市民に参加を呼び掛け

黄色いハンカチで「わが家無事」3・11運動
 

 3月11日、街を黄色に染めよう-。災害発生後、住民の安否が確認できるように、玄関先に黄色いハンカチを掲げる「しあわせな黄色いハンカチプロジェクト」に取り組む仙台青年会議所(JC)が、市民に参加を呼び掛けている。

東日本大震災発生から4年となる特別な日に、黄色いハンカチを掲げる行動を通して、震災を振り返り、備えを促すのが狙い。

 仙台JCの呼び掛けに賛同し、11日は太白区の西中田町内会や西中田小の児童らが、ハンカチを掲示する。道路から見えるように、各家の玄関先や門に掛けるほか、郵便受けに挟む予定。黄色ならば、タオル、Tシャツなどでもよい。

 地震などの災害発生時、玄関先に掲げられた黄色いハンカチは、「わが家は大丈夫」というメッセージになる。一軒ずつ訪ねて回るよりも短時間で安否確認ができるほか、掲示が無い場合は救助が必要な人の早期発見にもつながる。

 太白区の鈎取ニュータウン町内会では東日本大震災発生後、住民がそれぞれの玄関先に黄色いハンカチやタオルを掲げ、約35分で全世帯の安否確認を完了した。この取り組みを広めようと、仙台JCは昨年から同プロジェクトを実施している。

 仙台JCの金ケ崎政伸理事長(38)は「当日は震災後の支援に対する感謝の気持ちも込めてハンカチを掲げてほしい。被災地から世界へと活動を広めたい」と話す。

 

 ★幸せの黄色いハンカチ

幸福の黄色いハンカチ』(しあわせのきいろいハンカチ)は、1977年(昭和52年)10月1日に公開された日本映画。


1971年に、『ニューヨーク・ポスト』紙に掲載されたピート・ハミルのコラム『Going Home』をベースに『男はつらいよ』シリーズ、『家族』、『故郷』、『砂の器(脚本のみ)』など、数多くのヒット作を手掛けた山田洋次監督による、北海道を舞台にした日本のロードムービーの代表作である。

山田は、本作品の物語などの展開についての着想を、1953年に発表されたアメリカ合衆国の映画・『シェーン』から得ている。 映画以前の、1973年発表の『幸せの黄色いリボン』(トニー・オーランドの曲)との類似性も指摘しておきたい。

高倉健倍賞千恵子といったベテラン俳優から、映画初出演となる武田鉄矢、その共演に桃井かおり、さらには脇役に渥美清を据えるなど、これ以上ない布陣で臨んだ同作品は、俳優陣の演技はもちろんのこと、シンプルながら観衆の心情に深く訴えかけるストーリーが高い評価を得た。

第1回日本アカデミー賞や第51回キネマ旬報賞、第32回毎日映画コンクール、第20回ブルーリボン賞や第2回報知映画賞など、国内における同年の映画賞を総なめにしている。

後にキャスティングを変え、テレビドラマ化や日本国外でも映画化された。

§ストーリー
恋人の伸子と失恋してヤケになった花田欽也(武田鉄矢)は、務めていた工場を突然退職。その退職金で真っ赤なファミリア(4代目のFRファミリア)を購入、失恋の傷を癒すため、一人フェリーに乗り北海道を目指す。釧路から網走にやって来た欽也は、駅前で片っ端から女の子に声を掛け始める。

一方、網走刑務所からは、刑期を終えた元炭鉱夫の男・島勇作(高倉健)が出所して来る[1]。その後、食堂に寄ってビールを飲みながらラーメンとカツ丼を注文する。ちょうど網走にいた欽也は同じく、職場で恋人を同僚に取られ東京から一人、傷心旅行に来た女の子、朱美(桃井かおり)をナンパして一緒に食事する。食事を済ませ郵便局に寄った勇作は、葉書を一枚書いて出して行く。

そして欽也は朱美とウキウキとドライブを始める。海岸にやって来た2人は、同じくそこに立ち寄っていた勇作に写真を撮ってもらう。2人はその縁で彼を車に乗せ、3人旅を始めることになる。

その晩、阿寒湖温泉の宿で、まんまと朱美と同室になった欽也は朱美を口説き始め、「キスだけ」と言いながらも朱美にのしかかっていく。抵抗していた朱美は急に動かなくなり、泣き始める。隣室に泊まっている勇作はその騒ぎを聞き、欽也を一喝する。

3人は何かと崩れそうになりながらも旅を続けてゆく。ある日、運転途中でカニを食べて腹痛を覚えて路上に車を置いたままトイレに駆け込んだ欽也に代わり、対向車のトラクターを通すため「これでも仮免まで行った」という朱美がハンドルを握るが、車を脱輪させてしまった上に農地を暴走し、干し草の俵に車を突っ込ませてしまい、欽也と朱美はそのことで口論になり、朱美は泣き出してしまう。

勇作の交渉の結果、その農家に泊まることになる。同室になった勇作と欽也は、九州出身同士ということが判明。欽也の朱美に対する不節操な態度を勇作は「お前、それでも九州の人間か」「そう言うのを草野球のキャッチャーってんだ、ミットもないってことだ」と叱責する。そして、車中の会話から、勇作はかつて暮らした夕張に向かっていることが明らかになる。

帯広の駐車場では、欽也が邪魔な車(リンカーン・コンチネンタル)を無人と思い込み蹴り飛ばす。その結果、乗っていたヤクザ風の男(たこ八郎)に殴りつけられるが、勇作の反撃で難を逃れる。

しかし、そのまま勇作が車を運転していったことで、物語は大きく展開していく。彼らの車は強盗事件の一斉検問に引っ掛かり、勇作が無免許運転であったことが判明。無免許の理由を問われ、一昨日までの6年間、殺人罪で刑務所に入っていたことを話す。最寄の警察署に連行されるが、そこには、かつて勇作の事件を担当した渡辺係長(渥美清)が偶然勤務しており、彼の温情で事無きを得る。刑務所帰りがばれた勇作は汽車で行くと言うが、結局3人旅は続いて行く。

車や旅館の部屋の中で、勇作は徐々に自分の過去を語る。スーパーのレジ係だった妻・光枝(倍賞千恵子)との出会い、結婚、そして幸せな新婚生活。その後、光枝が妊娠したらしいということで喜ぶ勇作。

父親が戦死したため親を知らずに育ってきたので余計うれしかったのだ。医者に行くという光枝に早く知りたいと言い、「もし妊娠していたら、竿の先に黄色いハンカチを揚げておく」という光枝の言葉に、勇んで仕事に出て行く。

仕事帰りに、竿の先にはためく1枚の黄色いハンカチを見つけた勇作は、天にも昇る気持ちだった。しかし数日後、「無理をするな」と言ったのに、力仕事をした光枝は流産してしまう。病院で勇作は光枝の過去を知ることになる。

それは5年前の流産。それに立腹してヤケ酒をあおりながら、「俺は隠し事をする女は嫌いだ」と言った。光枝が「流産の話を聞かなかったから」というのに、絶望した勇作はヤケになり、夜の繁華街に繰り出し、偶然肩が当たったチンピラ(赤塚真人)と喧嘩を始めてしまい、遂には相手を死なせてしまう。

逮捕され、刑務所に入った勇作は離婚を決意する。面会に訪れた光枝に勇作は「今ならお前はまだ若いし、その気なら良い男もいるかも知れん、幸せになれ」と諭す。「あんたって、勝手な人だねぇ、会った時もそうだったけど」と光枝は泣いてしまうが、これが不器用な生き方しかできない、彼流の男の愛情表現だった。

しばらくすると、刑務所に判を押した離婚届が届いた。責める朱実に「俺があいつにしてやれることはそれだけだ」「どうしてこんなヤクザに生まれついたのかな」と嘆く。「明日は札幌でお別れだな」「仕事なかったら東京へ行くかも」ともいう。欽也は涙にくれる。

統一劇場の人々が「銀座カンカン娘」を歌っている側を通るが、勇作は空にはためく鯉のぼりを見て感慨深げ。勇作は1人で夕張に向かうという。理由を尋ねると、出所直後の網走で光枝宛てに葉書を出していたことを告白する。

葉書には「もし、まだ1人暮らしで俺を待っててくれるなら…鯉のぼりの竿に黄色いハンカチをぶら下げておいてくれ。それが目印だ。もしそれが下がってなかったら、俺はそのまま引き返して、2度と夕張には現れない」と書かれていたという。それを聞いた欽也と朱美は、迷わず一緒に夕張に行くことを決心する。

「やっぱり引き返そう」「どう考えたってあいつが一人でいるはずがない」「誰かと一緒になっているよ」と揺れる男の気持ちと、それを励ます2人。「あいつが俺を待っているはずはない」と臆病になる勇作は、引き返すことを要求し1度はそうするが、朱美の「万一ということがあるでしょ、万一待っていたらどうするの?」という言葉で再び夕張に向かう。

車は夕張の町に入って行く。もう外を見ていられない勇作に、朱美が景色を逐一説明し、勇作はそれに答える。「踏切越えたわよ」の声に勇作は道を説明する。子どもたちの「背くらべ」の歌が聞こえてくる。欽也は「もしかしたら引越してしまっているかもしれないな」と万が一のことを考える。やがて車は止まり、欽也と朱美は外へ出て辺りを見回す。

見つからずに「今、風呂屋の前にいるんだけど」と欽也が言うと彼の視線にある物が映っていた。朱実が欽也に声をかけると「ほらー、あれ!」と叫ぶ。視線の先には、なんと何十枚もの黄色いハンカチが風にたなびいていた。力強く勇作の背中を押し出す2人。2人の再会に、言葉は要らなかった。2人は見つめ合い、そして仲良く家の中に消えて行く。

それを見届けた欽也と朱美は、車中で自然に手を握り合い、強く抱き合い、キスをする。夕張の街を背景に幸福の黄色いハンカチがたなびく。

§スタッフ
製作 : 名島徹
原作 : ピート・ハミル 「黄色いリボン」(『ニューヨーク・スケッチブック』所収、高見浩訳、河出書房新社
監督 : 山田洋次
脚本 : 山田洋次、朝間義隆
撮影 : 高羽哲夫
音楽 : 佐藤勝
美術 : 出川三男
録音 : 中村寛
調音 : 松本隆
照明 : 青木好文
編集 : 石井巌
スチル : 長谷川宗平
監督助手 : 五十嵐敬司
装置 : 小島勝男
装飾 : 町田武
衣裳 : 松竹衣裳
現像 : 東洋現像所
進行 : 玉生久宗
協力 : 東洋工業マツダグループ)
製作主任 : 峰順一

§出演
島勇作:高倉健
島光枝:倍賞千恵子
小川朱美:桃井かおり
花田欽也:武田鉄矢
旅館の親父:太宰久雄
チンピラ:赤塚真人
ラーメン屋の女の子:岡本茉利
警官:梅津栄
警察署で泣く女:三崎千恵子
検問の警官:笠井一彦
医者:里木左甫良
農夫:小野泰次郎
河原裕昌
帯広のヤクザ風:たこ八郎
旅館の仲居:谷よしの
渡辺係長:渥美清

§受賞
第1回日本アカデミー賞 最優秀作品賞
最優秀監督賞:山田洋次
最優秀脚本賞:山田洋次・朝間義隆
最優秀主演男優賞高倉健
最優秀助演男優賞:武田鉄矢
最優秀助演女優賞:桃井かおり
優秀主演女優賞:倍賞千恵子
優秀音楽賞:佐藤勝

第51回キネマ旬報賞 日本映画ベスト・テン第1位
監督賞:山田洋次
脚本賞:山田洋次・朝間義隆
主演男優賞高倉健
助演男優賞:武田鉄矢
助演女優賞:桃井かおり
読者選出日本映画第1位
読者選出日本映画監督賞:山田洋次

第32回毎日映画コンクール 日本映画大賞
監督賞:山田洋次
脚本賞:山田洋次・朝間義隆
男優演技賞:高倉健
音楽賞:佐藤勝
録音賞:中村寛

第20回ブルーリボン賞 作品賞
監督賞:山田洋次
主演男優賞高倉健
助演女優賞:桃井かおり

第2回報知映画賞 作品賞
主演男優賞高倉健


§エピソード
山田洋次が、原作を知ったのは、「男はつらいよ」撮影中の合間に、倍賞千恵子が、原作とは別にこの話を元にしたドーンの歌「幸せの黄色いリボン」を口ずさんでいて、それを聞いて質問して教えてもらったのがきっかけ。

武田鉄矢が、この映画以降、役者としても新境地を開拓して行った作品でもある。歌手としてのキャリアしかなかった当時の武田は、監督の山田から相当厳しく演技を教え込まれたようで、撮影後の食事はほとんど喉を通らなかったらしい。が、撮影を終えると色々な話を聞かせてもらったといい、その時の話を、後に海援隊で「幸福の黄色いハンカチ」という曲(朗読詩)として披露している(1983年発表の海援隊のライブアルバム「ラストライブ」に収録)。

この映画で役者として抜擢されるまで、ほとんど無名の(「母に捧げるバラード」のヒット以来、海援隊もほぼ忘れられていた)歌手でしかなかった武田に、何故山田からオファーがあったのかは、武田自身も未だにはっきりとは判らず、「売れてない歌手をからかいにでも来たのか」と思ったとのこと。

DVD映像特典の監督インタビューによれば、登場させる若者の男女のうち、都会出身の女性は桃井かおりにすんなり決まったものの、これと対置する地方出身の男のキャスティングが難航していた時に、プロデューサーが山田に紹介したことから決まったという。

撮影当時、武田は運転免許を取得しておらず(取得に20年かかったとダウンタウンDXで語っている。DVD映像特典の監督インタビューによれば、1996年8月種子島の教習所で取得した。撮影当時仮免許は持っていたが、運転は下手だったという)、運転するシーンはトレーラーで牽引しながら撮影された。ロングで撮る場合などは、背格好などが似た小道具スタッフが運転した。

この映画に出演依頼が来る直前、武田の妻は長女を身ごもっていた。1976年当時の武田は「母に捧げるバラード」の「一発屋」として泣かず飛ばずの状態で、妻と一緒に飲み屋で皿洗いなどのアルバイトで生計を立てていた。アルバイトを終えて深夜の東京の街を妻と歩いて帰宅する途中、妻は「今がどん底だから、もうこれから先は下はない。これから良いことがやってくるわよ」と言う。その直後に、この映画出演の話が舞い込んだ。

勇作と光枝の再会シーンについて、山田監督はずっとロングで撮影してロケを終えた。ところが、編集担当者の「やはり、ここで観客が一番観たいのは、ずっと待っていた妻の顔なのでは」という意見を聞き入れ、倍賞千恵子のアップのワンカットのためだけに、倍賞と少数の撮影スタッフだけで夕張での追加ロケを行った。

欽也と勇作が最後に別れるシーンの撮影時、武田は台本通りになかなか泣けなかった。この時、武田の元に高倉が寄って来て、長期間の撮影に感謝する旨を述べると、武田は感激してぼろぼろと涙を零したという。この瞬間に、別れのシーンが撮影された。

高倉健としても、長年続いたヤクザ映画から久々の人情ドラマであり、また役者として再起を図るために参加しており、転換点となった作品である。それを連想させる台詞も劇中に存在する。

刑務所から出てきたばかりの勇作が、食堂でビールを飲み干し、ラーメンをむさぼるように食べる場面(カツ丼も注文しているが、実際に食べているのはラーメンのみ)では、高倉は実際に2日間何も食べずに、この撮影に臨んだという。

映画の中盤、ファミリアの中で流れる『なごり雪』は、武田の推薦で決まった。監督に「最近の若い人ではどんな曲が流行っているの?」と聞かれ、自分の曲である「あんたが大将」を押したかったが、『なごり雪』を薦め、人生で初めて人に譲った体験だと語っている。

桃井かおりが、駅で「まだ2時間もあるわ」という台詞は、「”わ”は上がりましょう」と山田洋次監督にイントネーションの変更を要求されて、50数テイクを要したという。

地上波におけるテレビでの放送は、ほぼ日本テレビが放送を行っている。
2014年11月10日、主演の高倉健が逝去。これを受けて28日、日本テレビ系列の金曜ロードSHOW!において、追悼企画としてデジタルリマスター版が放送された。