杜の都ふるさと便 

東日本大震災の復興・再生を祈願して杜の都のニュースや話題等お伝えしています。


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宮城県の気仙沼漁港で、去年よりも1か月ほど早くカツオの水揚げ 小ぶりだけど脂がのっておいしい

■宮城・気仙沼 カツオ水揚げ始まる


東日本大震災の発生後も生鮮カツオの水揚げ量日本一を続けている、宮城県の気仙沼漁港で、去年よりも1か月ほど早くカツオの水揚げが始まりました。

 

気仙沼漁港には、11日午前3時すぎに、静岡県沼津市の巻き網漁船「第16大師丸」が入港し、千葉県銚子沖で取れたおよそ70トンのカツオを水揚げしました。水揚げされたカツオは港で次々とベルトコンベヤーに乗せられ、重さごとに分けられていきました。

 

11日は、ことし初の水揚げを祝うセレモニーも開かれ、気仙沼市の菅原茂市長から漁船の船頭に記念品が贈られました。漁業関係者によりますと、ことしは海水温が高く、カツオが比較的早めに北上をしているということで、去年より1か月ほど早い初水揚げとなりました。

 

気仙沼漁港は震災の津波で大きな被害を受けましたが、生鮮カツオの水揚げを続け、18年連続で水揚げ量日本一を誇っています。「第16大師丸」の船頭さんは「漁港に一番乗りできてうれしく思う。これからもおいしいカツオをたくさん水揚げしたい。ことしは海水温が上昇し、群れが早く北上している。いっぱい水揚げして復興に貢献したい」と笑みを見せた。


■震災後最速カツオ初水揚げ・気仙沼

 
 18年連続で生鮮カツオの水揚げ日本一を誇る気仙沼市の気仙沼漁港に11日、ことし初めてカツオが水揚げされた。石巻市の石巻魚市場でも初水揚げされ、両魚市場は初夏の味覚の登場に、にぎわった。

 気仙沼では2014年より1カ月ほど早く東日本大震災後、最も早い水揚げ。静岡県沼津市の巻き網船第16大師丸(382トン)が、千葉県銚子沖で僚船が捕った83トンを運んだ。2キロ前後の小ぶりなカツオが多かったが、ご祝儀相場もあって1キロ当たり1010円の高値がついたものもあった。


 14年の気仙沼市魚市場の生鮮カツオ水揚げ量は1万9576トン、金額は61億5965万円。震災前の10年実績のほぼ半分だったが、数量、金額ともに日本一の座を守った。

 

 石巻では八戸市の巻き網船第17惣宝丸(340トン)と第26惣宝丸(375トン)が銚子沖で捕り、7.5トンを水揚げした。中小型が主体で、1キロ当たりの値段は中小型が300~330円、大型は300~800円となった。同市場の須能邦雄社長は「カツオは夏漁の花形。魚群が多いとみられ、ことしは質、量ともに期待できる」と話した。

 

「型は小ぶりだけど脂がのっておいしいカツオが取れた。」


★気仙沼漁港(けせんぬま ぎょこう)は、太平洋に面した日本の漁港の一つ。宮城県気仙沼市の気仙沼湾奥部に所在する、特定第3種漁港である。

世界三大漁場の一つである三陸沖を操業域とする漁船の主要な水揚げ港の一つであると同時に、日本の遠洋漁業(主にマグロ)の基地の一つとなっている。

概要
2007年(平成19年)と2008年(平成20年)は、水揚げ高で東北地方内第1位であった。2008年の水揚げ高はおよそ280億円。
管理者:宮城県
漁業協同組合:気仙沼、気仙沼地区
組合員数:419名(2001年12月)
漁港番号:1430010
水揚げ量:86,000t (2004年。全国第8位)

2011年(平成23年)3月11日の東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)に伴う地盤沈下および津波によって大きな被害を受けた。

沖合漁業のカツオ漁船の受け入れを水産業復興の第一歩とするべく、シーズンが始まる6月下旬までに当港の総延長1kmの水揚岸壁のうち200mに応急的なかさ上げを施行。同年6月23日に気仙沼市魚市場を再開し、同月28日に静岡県のカツオ巻き網漁船が入港して震災後初水揚げに漕ぎ着けた。

ただし、津波被害を受けたバックヤード施設(冷凍・冷蔵・加工施設)の復旧は間に合わず、生鮮出荷限定の再開であった。その後、沿岸漁業・遠洋漁業などにも取り扱いを拡大。漁港・商港および水産加工地区のかさ上げも本格着工し、バックヤード施設の本格復旧も始まっている。

歴史
1951年(昭和26年)7月10日 - 第3種漁港に指定(農林省告示第255号)。
1962年(昭和37年)3月30日 - 区域変更(農林省告示第432号)。
1960年(昭和35年)5月24日 - 同月22日に発生したチリ地震に伴う津波で被害を受けた。
1969年(昭和44年)3月3日 - 特定第3種漁港に指定(政令第16号)。
2010年(平成22年)2月28日 - 同月27日に発生したチリ地震に伴う津波で一部浸水。海中の養殖施設に被害は出たが、陸上の被害は軽微だった。
2011年(平成23年) 3月11日 - 東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)により地盤沈下に見舞われ、続いて津波が来襲して甚大な被害を受けた。
3月20日 - 陸路が遮断される中、支援隊を発足した日本かつお・まぐろ漁業協同組合や三浦市などが神奈川県の三崎漁港にて日本全国から集まった救援物資を支援船「第11八幡丸」(気仙沼漁港所属)に積み込み、第1便として出港。22日に気仙沼漁港に入港。物資は陸揚げされ、自衛隊などを通じて気仙沼市に引き渡された。
6月23日 - 気仙沼魚市場が再開。
6月28日 - 震災後初のカツオ水揚げ。
8月1日 - 沿岸漁業の水産物の水揚げ再開。
8月24日 - 震災後初のサンマ水揚げ。


水産物
水揚げ魚種
カツオ、および、サメ類(主にネズミザメ[俗称:モウカザメ])を始めとして、サンマ、カジキ類などで日本有数の水揚げを誇る。

2004年度(平成16年度)の陸揚量全国順位は以下のとおり。
第1位 - サメ、カジキ、エビ、シイラ
第3位 - サンマ
第5位 - カツオ

特産物
フカヒレの生産量では日本一を誇り、カキ、ホタテガイ、アワビ、ウニ、ワカメ、コンブなどの魚介藻類も特産である。

主な漁業
近海マグロの延縄(はえなわ)漁業
近海カツオの一本釣り漁業
敷網漁業(サンマ棒受網漁業)
大目流網漁業 :対象魚は、メカジキ、マカジキ、ネズミザメ(モウカザメ)。
旋網(まきあみ)漁業 :対象魚は、マグロ、カツオ、サバ、イワシなど。
定置網漁業 :対象魚は、ブリ、サバ、イワシ、イカ、サケ、マス、ヒラメ、スズキ、ニシンなど。
イカ釣り漁業
底引き網漁業
地引き網漁業
海面養殖業(水面養殖漁業)

 

■めにはあおばやまほととぎすはつがつお【目には青葉山時鳥初松魚】

山口素堂の俳句。初夏の季節感を視覚・聴覚・味覚でとらえた句。

★山口 素堂(やまぐち そどう、寛永19年5月5日(1642年6月1日) - 享保元年8月15日(1716年9月30日))は、江戸時代前期の俳人である。本名は信章。幼名は重五郎、通称は勘(官)兵衛、あるいは市右衛門。字は子普、公商。

経歴

生まれは甲斐国巨摩郡上教来石村(現・北杜市、旧北巨摩郡白州町)であるといわれるが、元禄8年(1695年)に甲斐を旅した『甲山紀行』によれば甲斐は亡妻の生地と記されており、異説もある。家業として甲府魚町で酒造業を営む家庭に生まれ、幼少時に甲府へ移る。

 

20歳頃に家業の酒造業を弟に譲り江戸に出て林鵞峰に漢学を学び、一時は仕官もしている。俳諧は寛文8年(1668年)に刊行された『伊勢踊』に句が入集しているのが初見。延宝2年(1674年)、京都で北村季吟と会吟し和歌や茶道、書道なども修める。翌延宝3年(1675年)、江戸で初めて松尾芭蕉と一座し深川芭蕉庵に近い上野不忍池や葛飾安宅に退隠し、門弟ではなく友人として以後互いに親しく交流した。晩年には「とくとくの句合」を撰している。

 

元禄8年(1695年)には甲斐を旅し翌元禄9年(1696年)には甲府代官櫻井政能に濁川の開削について依頼され、山口堤と呼ばれる堤防を築いたという伝承がある。

 

漢詩文の素養が深く中国の隠者文芸の影響を受けた蕉風俳諧の作風であると評されており、延宝6年(1678年)の『江戸新道』に収録されている"目には青葉 山ほととぎす 初鰹"の句で広く知られている。

門人に山口黒露がいる。

 

★ 鰹 かつお カツオ

かつおの旬は年に2度。春から初夏にかけ、黒潮にのって太平洋岸を北上するかつおが「初鰹」。

秋の水温の低下に伴い、三陸あたりの海から関東以南へ南下してくるかつおが「戻り鰹」です。

餌をたっぷり食べている「戻り鰹」は脂がのっているのに対し、「初鰹」はさっぱりしているのが特徴だと言われ、旬の走りの「初鰹」は今も昔も初夏の味覚として親しまれています。


●江戸っ子の粋の証


「目には青葉 山ほととぎす 初鰹」とは、江戸中期の俳人・山口素堂(1642~1716)の作。目にも鮮やかな「青葉」、美しい鳴き声の「ほととぎす」、食べておいしい「初鰹」と、春から夏にかけ、江戸の人々が最も好んだものを俳句に詠んでいます。

旬の走りは珍しさが先行して値段も高めで、もう少し待てば盛りになり、味や値段も安定するのですが、それを待つのは野暮というもの。初物に手を出すのが粋の証だったのです。

当時「初鰹」は、「まな板に 小判一枚 初鰹」(宝井其角/1661~1707)とうたわれるほど極めて高価でしたが、「初鰹は女房子供を質に置いてでも食え」といわれるほどの人気でした。

●初物を食べると寿命がのびる!?


初鰹が支持されたもうひとつの理由が、初物の縁起の良さにありました。初物とは、実りの時期に初めて収穫された農作物や、シーズンを迎え初めて獲れた魚介類などのこと。初物には他の食べ物にはない生気がみなぎっており、食べれば新たな生命力を得られると考えられ、さまざまな言い伝えも残っています。

「初物七十五日」(初物を食べると寿命が75日のびる)

「初物は東を向いて笑いながら食べると福を呼ぶ」

「八十八夜に摘んだお茶(新茶)を飲むと無病息災で長生きできる」(新茶を贈る風習もあります)

初鰹も同様で、「初鰹を食べると長生きできる」とされ、大変珍重されました。江戸の初鰹は鎌倉あたりの漁場から供給されたため、松尾芭蕉(1644~1694)は「鎌倉を生きて出でけむ初鰹」と詠んでいます。

かつおのたたき

 

かつおのおいしい食べ方といえば「たたき」。

別名「土佐造り」といわれるように、高知の名物料理でもあります。

新鮮なかつおを皮付きのままおろした節を、表面だけ火が通るように炙り、冷水でしめます。藁を使って炙ると香りがよくなります。

水気を切って1㎝-2cmほどの厚さに切り、塩少々をふって、手または包丁の背などを使ってたたきます。

大皿に盛って、上から薬味(しょうが、にんにく、大根おろし、ねぎ、あさつき。青じそなど)とタレをたっぷりかけて食べます。

タレにはレモンやスダチなどの柑橘系の酸味を利かせたポン酢や醤油ダレがよく合います。

 

高知人が料理したカツオのたたきはボリュームたっぷりで味も良く絶品です。

 

 

●かつおのたたきについて
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かつおの「たたき」というのは、もともと包丁の背でたたいてから表面を焼いていたからだと云われています。現在では、焼いてからたたく、たたいてから焼く、焼いて切ってからたたく、全くたたかない、など様々な方法があるようです。

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