杜の都ふるさと便 

東日本大震災の復興・再生を祈願して杜の都のニュースや話題等お伝えしています。


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夕暮れの女川駅前にて紙ランタンが並べられ復興・再生の灯をともす

紙ランタン 被災地照らす
 

夕暮れの女川駅前にて紙ランタンが並べられ復興・再生の灯をともす


 
 紙袋と発光ダイオード(LED)電球で作った「紙ランタン」をともす催しが8日夜、女川町のJR女川駅前広場で開かれた。

 東日本大震災で被災し、夜は明かりの少ない復興途上の町中心部を約1100個のランタンが照らした。参加者は幻想的な光景に犠牲者の鎮魂、早期復興への思いを重ねた。

 「紙ランタンとささやかな女川夏物語」と称し、実行委員会が初めて開催。紙ランタンは、2重にした紙袋の外側の1枚を言葉や絵の形に切り抜いた。電球で光と言葉などが浮かび上がる。

 住民が6月から町内の福祉施設などで手作りした。「ゆめにむかって」「一歩」「きずな」「がんばっぺ」「祈り」。ランタンには住民それぞれの思いが刻まれた。

 実行委員長は「震災から5年目。町民が次第に前を向き始め、手作りのイベントを開きたかった」と話した。


■復興途上のまち照らす 手作りの紙ランタン800個 8日・女川
 

温かい光で言葉や絵が浮かび上がる紙ランタン
 
 紙袋とLED電球で作る「紙ランタン」約800個をともすイベントが8日、女川町のJR女川駅前広場で開かれる。東日本大震災の復興工事が続き、夜はまだ明かりの少ない町中心部をランタンの光で幻想的に演出する。

 主催する実行委員会は「未来への希望や震災犠牲者への鎮魂など、それぞれに思いをはせてもらえれば」と話している。

 イベントは「紙ランタンとささやかな女川夏物語」。実行委に加わる「女川桜守りの会」が、復興支援を通じて交流のある北海道滝川市の「たきかわ紙袋ランターンフェスティバル」に参加。地元でも紙ランタンの魅力を広めようと初めて企画した。

 紙ランタンは2重にした紙袋の中にろうそくや電球を入れる。外側の1枚を言葉や絵の形に切り抜くと、暖色の光が内側から浮かび上がる。6月から町内の行政区や保育所、福祉施設などを巡回し、住民に手作りしてもらった。

 ランタンは駅前広場のほか、町総合運動場や仮設商店街「おながわコンテナ村商店街」などへのルートにも設置し、歩道を照らす。

 紙ランタンの点灯式は午後6時40分。来場者にも参加してもらう。

 イベントは午後3時に始まり、ステージイベントや大地震のあったネパールを支援する「流しそうめん」、さまざまな出店などを用意。ランタンをちょうちんにしたウオーキング企画や製作コーナーもある。

 実行委は「イベントを通して町を明るくしたい。町内外を問わず大勢の人に足を運んでほしい」と呼び掛ける。


 実行委は5~7日の事前準備と当日のボランティアスタッフを募集している。

 連絡先は町生涯学習課0225(53)2295。


☆彡女川駅(おながわえき)は、宮城県牡鹿郡女川町女川浜字大原にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)石巻線の駅。同線の終着駅となっている。

歴史
 
1926年(大正15年)7月15日 - 金華山軌道・女川駅が開業。
1939年(昭和14年) 10月7日 - 鉄道省石巻線の女川駅が開業。
10月29日 - 金華山軌道が全線休止。

1940年(昭和15年)5月3日 - 金華山軌道が全線廃止。国鉄開業による経営不振と認められ、国から補償を受けた。
1958年(昭和33年)8月11日 - 当駅 - 女川港駅間貨物支線開業。
1980年(昭和55年)8月1日 - 当駅 - 女川港駅間貨物支線廃止。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により東日本旅客鉄道の駅となる。
2011年(平成23年) 3月11日 - 東北地方太平洋沖地震による津波により、土台だけを残して駅舎を流失。駅に停車中の列車や、隣接していた町営温泉の保存車両などが流されるなどの甚大な被害を受ける。
4月21日 - 代行バスが石巻駅 - 当駅間で運行を開始。なお、代行バスは当駅からやや離れた高台にある「女川運動公園」に発着する(2011年5月19日より)。

2012年(平成24年)3月17日 - 石巻 - 渡波間復旧に伴い、代行バス区間が当駅 - 渡波駅間に短縮。
2013年(平成25年)3月16日 - 渡波 - 浦宿間復旧に伴い、代行バス区間が当駅 - 浦宿駅間に短縮。
2015年(平成27年)3月21日 - 女川町が計画する駅周辺のまちびらきに合わせ、当駅が約200m内陸側に移設し、浦宿駅 - 当駅間が復旧

駅構造


単式ホーム1面1線を有する地上駅。ホームの有効長は4両分。震災前より約200メートル内陸に、地盤がおよそ7 - 9メートルかさ上げされた場所に移設された[1]。 駅舎は鉄骨3階建ての建物で、建築家の坂茂が設計を担当した[7]。特徴的な白く大きな屋根は、羽ばたくウミネコをイメージしている[7]。女川町が復興のシンボルとし­て、総工費8億5,000万円をかけて建設した。1階が駅、2階が再設置された町営の温浴施設「女川温泉ゆぽっぽ」、3階は展望フロアとなっている。

石巻駅管理の業務委託駅(JR東日本東北総合サービス委託、早朝夜間駅員不在)。出札窓口(営業時間 平日7時15分 - 18時00分、土休8時15分 - 17時30分 POS端末設置・指定券取扱い)・自動券売機設置。

利用状況 

乗車人員推移
年度 一日平均乗車人員

2000年 521 人
2001年 499
2002年 468
2003 年445
2004年 428
2005 年382
2006 年347
2007 年348
2008 年348
2009 年325
2010 年314
2011 年計測不能
2012 年54
2013 年48
2014 年62

駅周辺

女川湾の湾奥、女川漁港のある女川町の中心部に位置し、辺りには女川の市街地が広がっている。役場をはじめとする女川町の公共機関などが近い。
女川温泉ゆぽっぽ(町営。駅に隣接) ※東北地方太平洋沖地震による津波により流失し閉館したが、2015年3月22日に女川駅新駅舎内に再オープンした。以下は流失前の状況を記す。 駅前に足湯が設置されていた。
浴室内には、ほっとゆだ駅と同様に列車の発車時刻を知らせる信号機があった(右側画像参照)。また、大型のハイビジョンテレビも設置されていた。
JRより譲り受けた廃車車両(キハ40 519)を首都圏色に塗り直して内装をお座敷に改装し、休憩室として温泉利用者に開放(「望郷山」と命名)。カラオケなどを楽しむことができた。同車の様子はホームからも見ることができた。この車両から外したものと思われるボックスシートなどは、館内に設置されていた。

女川町生涯教育センター
マリンパル女川(中村雅俊名誉館長)
女川いのちの石碑
きぼうのかね商店街
女川コンテナ村商店街
コバルトライン
おしかのれん街
おしか御番所公園
金華山
女川港
女川中学校
女川小学校
女川町役場
女川郵便局
石巻警察署女川交番
国道398号
県道41号女川牡鹿線

※全国有数の港町である女川の玄関口であるとして2002年(平成14年)、東北の駅百選に選定された。