杜の都ふるさと便 

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宮城県若林区荒浜地区(被災地)で稲刈り作業が最盛期&防潮堤が完成間近

たわわに実った沿岸の田んぼで、大型コンバインによる刈り取りが進む


 好天に恵まれた秋の大型連休に合わせ、東日本大震災で被災した仙台市の沿岸部などで、稲刈り作業が最盛期を迎えている。稲穂が揺れる黄金色の田んぼに、大型コンバインのエンジン音が響く。

 若林区荒浜の農事組合法人「せんだいあらはま」では22日、メンバーが終日、ひとめぼれとまなむすめの収穫作業に汗を流した。水田48ヘクタールの刈り取りや稲の運搬は10月上旬まで続く。

 宮城県内では7、8月の高温に加え、今月の豪雨で、コメの品質低下や収穫遅れを心配する声が上がっていた。作業はやや遅れ気味だが、作柄に大きな影響は出ていないという。

 せんだいあらはまは今シーズン、自前の乾燥調整施設を整備した。事務長は「津波被害を受けた田んぼの収量は少しずつ増えている。集団移転で離れた住民に、地元のおいしい新米を届けたい」と笑顔を見せた。

■完成間近 仙台・若林区の荒浜地区 防潮堤

仙台市中心部から車で30分も走ると、東日本大震災の津波で甚大な被害が残る風景に一変する。仙台市若林区荒浜。

かつては住宅地だったその場所はいまも痛々しい津波の爪痕を残している。

 月命日の11日などには多くの人が訪れ、手を合わせる慰霊碑には新しい花が供えられている。その奥で進む防潮堤の建設は佳境を迎えている。

 

 ◆長さ830メートル

 仙台市が平成25年10月に始めた堤防工事は今年9月末に完了する予定だったが、遅れが生じている。市農林土木課によると、完成は11月ごろにはなるという。

 荒浜の海沿いで行われている長さ830メートル、海面から7・2メートルの堤防建設

 23年12月、仙台市は若林区と宮城野区の沿岸部一帯約1200ヘクタールを、住宅が新築できない「災害危険区域」に指定した。津波で186人が犠牲になった荒浜も含まれ、約740世帯が住居の移転を余儀なくされた。

 荒浜地区には津波で流された家の基礎が残り、覆い隠すように高く伸びた雑草が生い茂っている。防潮堤の工事は完成に近づいているが、周辺の復興はまだまだのようだ。

 海岸沿いから内陸を眺めると、約700メートルの先には震災で被災した荒浜小学校校舎が見える。4階建て校舎は、津波で2階まで浸水した。荒浜が災害危険区域に指定されたため、児童たちは仮設住宅や移転先の住まいからスクールバスなどで宮城野区の東宮城野小敷地内の仮設校舎に通っている。荒浜小は28年には七郷小(若林区)と統合する。

 仙台市は4月30日、東日本大震災の津波で被災した荒浜小学校の校舎を震災遺構として保存すると発表した。住民らへのアンケートで約7割が賛成と回答したことを踏まえて決定した。

 市は2月19日~4月16日に震災時に荒浜地区に住んでいた626世帯にアンケートを実施し、38・2%にあたる239人から回答を得た。荒浜小学校の保存は71・5%が賛成、21・3%が意見なし、7・1%が反対と回答した。市は、校舎の具体的な保存方法や活用方法を検討しているところだ。

 ◆教訓残せる場所に

 元住民は「荒浜はもう住めないので、防災拠点のようになってもらいたい」と話す。「(荒浜小だけでなく)荒浜一帯を使って、後世に教訓を残せるような形で荒浜を残してほしい」

 荒浜小周辺まで歩く。1キロにも満たない距離だが、こんなところまで津波が来たのかと改めて思い知る。校舎は現在、入ることができなくなっている。校舎は震災当時のままで、ドアや窓は津波で壊れたままの部分も。校舎敷地外の道沿いのガードレールは曲がったままだ。

 歩く途中、あちこちで住宅跡地に棒を立て、地面まで斜めに張ったロープにつるされた黄色いハンカチを見かけた。荒浜地区の寺に掲げられていた5色の旗のうち、黄色だけが見つかったことをきっかけに、23年の末から住民たちがふるさとの再生を願って始めたものだ。