杜の都ふるさと便 

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宮城県多賀城市の再開発ビルが来年3月、JR仙石線多賀城駅前に完成予定 TSUTAYA(ツタヤ)が管理する市立図書館も

 東日本大震災で被災した宮城県多賀城市が復興の象徴として整備する文化交流拠点の中核施設、再開発ビルが来年3月、JR仙石線多賀城駅前に完成する。目玉は、レンタル大手TSUTAYA(ツタヤ)の運営会社を指定管理者とする市立図書館。一緒に入るカフェや書店との相乗効果による新たな人の流れに期待が集まる一方、同社が関わる先行事例には運営面の課題が噴出する。新図書館をめぐる試行錯誤が続いている。

<40年の総仕上げ>
 多賀城駅北側で建設が進む再開発ビルの壁面に、「多賀城市立図書館」のロゴが登場した。
 ビルにはツタヤを展開するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)が指定管理者となる市立図書館と、同社直営の書店などが入居。双方合わせた約45万冊の「知の拠点」が誕生する。仙台のベッドタウンである多賀城市が「もう一つの家」と例える滞在型図書館を目指す。

 「ようやくここまできた」。菊地健次郎市長(68)は感慨深げに語る。
 多賀城市は求心力に欠ける「へそのないまち」とされる。中心街形成は市の長年の懸案。市は都市機能を集約したコンパクトシティーを目指し、再開発ビルを約40年に及ぶ駅前再開発の総仕上げと位置付ける。

<CCCモデルに>
 「知の拠点」は当初から構想されたわけではない。ビルには震災前、特別養護老人ホームの入居が決まっていた。震災で事業は白紙に戻り、市は芸術・文化による復興まちづくりへと方針転換。書籍や映画を通じてさまざまな世代が出会い、交流の場として注目されたCCCの「代官山蔦屋書店」(東京)をモデルに誘致に動いた経緯がある。

 「再開発の目的は単なるにぎわい創出だけでなく、市民が交流し、集う場をつくること。行政には人を呼び込むノウハウはない。民間のCCCが運営を担うことは、両方の課題を一気に解決する方法だった」。誘致交渉を担当した市幹部は狙いをこう説明する。

<年120万人見込む>
 市は図書館と書店を中心に近隣の市文化センター、東北歴史博物館などと連動した「東北随一の文化交流拠点整備」を掲げる。新図書館の年間来館者数は120万人を見込み、青写真は壮大だ。

 市が10月に策定した地方創生の総合戦略では文化交流拠点を通じた人材育成を重点プロジェクトの一つに挙げ、新図書館を拠点に、まちづくりの担い手育成にも乗り出す考えだ。

 多賀城商圏の地盤沈下は震災を機に深刻さを増す。県が2012年に実施した調査では、多賀城商圏の吸引人口は08年比で47.8%減少。多くの来館者が期待される図書館は、中心街形成の中核的役割を担う。
 「知の拠点」への期待は既に地域に広がる。交流人口の増加に向け、地元の商工会は防犯カメラ設置など環境整備に動きだした。

 多賀城・七ケ浜商工会の安住政之会長は「駅周辺には人出の受け皿となる飲食店などの施設用地が少なく、このままでは地域経済への波及効果は限定的だ。意欲のある商業者の新規出店を支援したい」と話す。

JR仙石線多賀城駅前再開発事業は75年に着手し、土地区画整理事業と仙石線の立体交差は既に完了した。再開発ビルは3棟構成。駅北側には図書館などが入るA棟、隣接するB棟には子育て支援センター、保育所などが入居する。駅南側には立体駐車場のC棟が建設される。ほかに民間のマンション2棟、商業施設も整備される。

 

★多賀城市(たがじょうし)は、宮城県のほぼ中央に位置する都市である。旧宮城郡。市の名称は陸奥国府「多賀城」に因む。

仙台市の北東側に隣接するため、同市のベッドタウンとしての性格も持ち合わせている。同市への通勤率は43.2%(平成22年国勢調査)。
概要

仙台市の北東に位置し、市街地は丘陵地帯上にある。市名の由来は古代国府の多賀城よりとっている。昭和17年(1942年)に海軍工廠が設置されて以降、市南部に工業立地が進んだ。仙台港の開港もこれに拍車をかけている。仙台市中心部より鉄道をはじめアクセスが良好であることから、仙台都市圏の一角をなすベッドタウンとしても位置付けられ、市西部の水田地帯では住宅地の造成が進められている。1980年代にかけては、当時政令指定都市への昇格のための規模拡大を目指していた仙台市からの合併要求もあったもののこれを受け入れずに、市としての“独立”を保った。

町は街道(国道45号)沿いに発展してきたため、商店はロードサイド店が多く、“市の中心部が存在しない”という特徴をもつ。


面積
19.69km²
 

総人口
62,322人
 (推計人口、2015年9月1日)

人口密度
3,170人/km²

隣接自治体
仙台市、塩竈市、
宮城郡利府町、七ヶ浜町

●近現代歴史
1889年(明治22年)4月1日、町村制施行に伴い、新田村、山王村、南宮村、高橋村、浮島村、市川村、高崎村、八幡村、東田中村、留ヶ谷村、下馬村、笠神村、大代村の13村が1村となり、陸奥国府の名をとって宮城郡多賀城村が発足。
1951年(昭和26年)7月1日、町制施行に伴い多賀城町となる。
1964年(昭和39年)3月3日、多賀城町を含む仙台湾地区が新産業都市に指定された。すると、新産業都市建設促進法第23条に基いて多賀城町や仙台市を含む8市町村で「仙塩合併」が議論されたが、撤回された。
1969年(昭和44年)1月10日、現在の市章である町章を制定する。[15]
1971年(昭和46年)11月1日、市制施行(県下9番目)。
1998年(平成10年)12月1日、仙台市と境界変更。
2009年(平成21年)4月1日、仙台市と境界変更。
2011年(平成23年)3月11日、東日本大震災により被災。
2013年(平成25年)7月1日、仙台市と境界変更。

●名所・旧跡

奈良・平安時代に陸奥国府・多賀城がおかれていたため、多くの文化財や名所が残る。

特別史跡 「多賀城跡附寺跡」 多賀城跡
多賀城碑(重要文化財)
多賀城廃寺跡
館前遺跡(国司の居館跡)
柏木遺跡(製鉄所跡)


東北歴史博物館
末の松山
沖の井(沖の石)
浮島神社
野田の玉川
おもわくの橋

●観光スポット・祭事・催事[編集]

祭り
陸奥総社宮例大祭・八幡神社社例祭
史都・多賀城花と緑のふれあいまつり
多賀城跡あやめまつり