杜の都ふるさと便 

東日本大震災の復興・再生を祈願してみちのく&杜の都のニュースや話題等お伝えしています。

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宮城県山元町笠野地区八重垣神社の新社殿で7月30日に夏の例祭

  山元町笠野地区八重垣神社で夏の例祭

 東日本大震災で大きな被害を受けた山元町笠野地区の八重垣神社で新社殿が完成し、30日、新しい社殿で初めてとなる夏の例祭があった。旧社殿は津波で流失しており、祭りに集まった氏子や住民に笑顔が広がった。
 みこしは氏子ら約30人が担ぎ、神社そばの浜辺や町の新市街地「つばめの杜」などを巡行。最後に、新社殿の前で威勢のよい掛け声とともに練り歩いた。
 木造の社殿は建築面積約70平方メートル。25日に完成し、28日にご神体を新社殿に移す遷座が行われた。再建費用は日本財団からの支援金や神社の自己資金、義援金などで賄われた。
 氏子総代長の岩佐吉郎さん(76)は「震災直後は、6年でこんなに立派な社殿が建つとは思わなかった。多くの支援に感謝したい」とにこやかに語った。

★八重垣神社
八重垣神社は宮城県山元町にあります。海の側にたたずむ神社で、地元の人からは「お天王さん」として親しまれています。その歴史は古く、応永16年に藤波氏により牛頭天王が鎭守されたと記録されています。毎年7月に行われる八重垣神社例祭では、地元の氏子衆による豪快な神輿渡御が行われていました。残念なことに、2011年の太平洋沖地震により神社が津波で流されてしまいました。津波の被害により周囲は何もなくなってしまいましたが、仮社殿を建立し、復興に向けての植樹祭も行われています。
 
 応永16年(1409)に藤波祥学の祖、堯雄(ぎょうゆう)が伊勢神宮に詣でて、スサノウノミコトの神霊を乞い、牛頭天王(ごずてんのう)と称し鎮守したと社伝にあります。社殿は寛政年間(1789~1801)に造営されたもので、総欅造、彫刻「かご彫り」があります。
 
 例祭は旧暦6月15日の前後のどちらかの土日にかけて行われ、仙南地方の三大夜祭として広く知られています。本祭りでは神輿渡御が行われ、およそ30人の担ぎ手によって笠野の海へと入っていく豪快な祭りの姿を見ることができます。
〒989-2202 宮城県亘理郡山元町高瀬字笠野128番
山下(宮城県)駅出口から徒歩約19分
 
★山元町
山元町(やまもとちょう)は、宮城県の東南端の太平洋沿岸に位置する町である。
町民憲章「明るく住みよい和のある町をめざす」
◆地理
町の地形は、西部が山地(森林)、中部が台地(畑・果樹園)、太平洋に面した東部が低地(水田)となっている。町内は大きく北部の山下地区、南部の坂元地区、海岸地区の三つに分けられる。もとは国道6号線沿いの旧山下・坂元両村の役場が置かれていた辺りに人家が集中していたが、これらの部落はともに最寄駅(常磐線の旧山下駅・旧坂元駅)からは離れており、電車を利用しての通勤・通学にはやや不便であったので、次第に常磐線沿いにも宅地が形成されていった。
山:大森山(315.1m)・深山(287.2m)・四方山(272.6m)・権現堂山(325.0m)
河川:戸花川・坂元川
年平均気温:12.2℃(2005年)
月平均降水量:88.17mm(2005年)

都道府県 宮城県
亘理郡
面積 64.58 km²
総人口 12,127人(推計人口、2017年6月1日)
人口密度 188人/km²
隣接自治体 角田市亘理郡亘理町伊具郡丸森町 福島県相馬郡新地町
町の木 クロマツ
町の花 ツツジ
町の鳥 ツバメ

◆歴史
2011年(平成23年)3月11日 - 東北地方太平洋沖地震が発生。大津波により沿岸地区6部落が壊滅して多数の死傷者を出し、常磐線の町内区間が不通となる。
2016年(平成28年)12月10日 - 常磐線の町内区間が運転を再開。山側に移転した山下駅と坂元駅の新駅舎が開業。
◆名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
四方山・深山トレッキングコース
深山山麓少年の森(菱沼の郷)
社台グループ山元トレーニングセンター
唐船番所跡(磯崎山公園)
蓑首城跡
八重垣神社
山元夢ファーム(ポニーの乗馬が楽しめる)
◆祭り・イベント
ホッキ祭り - 2月下旬
ストロベリーラインふれあい市 - 6月上旬
八重垣神社(お天王様)祭礼 - 7月下旬
商工産業祭・文化祭 - 11月上旬
アップルラインふれあい市 - 11月下旬
やまもと食のまつり - 12月下旬
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