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宮城県石巻市大川小学校裁判で最高裁は、学校と行政の【震災前】の防災対策に過失を認定!

 ☆彡大川小学校裁判で最高裁は、

【震災前】の学校と行政の防災対策に過失を認定し判決が確定!

 

東日本大震災津波で犠牲になった宮城県石巻市の大川小学校の児童23人の遺族が訴えた裁判で、最高裁判所は10/10日石巻市宮城県の上告を退ける決定をし、14億円余りの賠償を命じた判決が確定しました。

 

東日本大震災で、大川小では児童74人とともに教職員10人が犠牲になった。

 

大川小は石巻市の東部、北上川の川べりから約200メートルに位置していた。11年3月11日午後2時46分の地震後、児童らは午後3時半ごろまで校庭にとどまった後、校舎よりも川に近い交差点付近「三角地帯」に向かう途中で被災した。

 

遺族は14年3月、「人災で、児童らは助かる命だった」として、市と、教職員の給与を負担する県を相手に提訴した。

 

1審の仙台地裁判決(16年10月)は、津波到達の7分前の午後3時半ごろ、高台避難を呼び掛ける広報車が校舎前を通った段階で、教員らが学校への津波の襲来を予見できたと指摘。学校南側の裏山への避難を決断すべきだったのに、不適当な場所へ避難しようとしたとして、地震直後に在校していた一部の教員の過失だけを認めていた。

 これに対し、2審の仙台高裁判決は、児童らが通学を法的に強制されている以上、校長、教員、市教委には児童の安全を確保する義務があったとし、それを前提に事実を認定した。
 校長らは地震津波の知識・経験を集め、蓄積する立場にあり、校舎の立地も踏まえると、市教委が学校に「危機管理マニュアル」の改定を義務付けた、10年4月末の時点で津波被害を予見できたとした。
 そのうえで、学校から約700メートル離れた標高約20メートルの高台を避難場所としてマニュアルに記載し、避難経路や避難方法も示していれば、津波によって児童が死亡する結果は回避できたと指摘。校長らはマニュアルの不備を改定せず、市教委も不備を是正する指導をしなかったとして、組織的な過失を認めた。

最高裁は、2審の学校と行政の《震災前の防災対策に過失》があったと認めた判断を維持した。

宮城県石巻市にあった大川小学校では、74人の児童が津波の犠牲になり、このうち、児童23人の遺族が石巻市宮城県に対し、22億6000万円余りの賠償を求めました。

 

◆大川小学校裁判の1、2審の判決
✱1審の判決『地震予知は可能&避難誘導に過失』
1審の仙台地方裁判所は、「広報車の避難の呼びかけを聞いた段階で、津波が来ることを予測できた。教諭らの避難誘導に過失があった」として、市と県に賠償を命じました。


✱2審の仙台高等裁判所の判決「震災前の防災対策の不備」(1審よりも高度かつ踏み込んだ判決)
一方、2審の仙台高等裁判所は、「学校は事前に避難場所や経路などを定める義務を怠った」として、1審よりもおよそ1000万円多い、14億3000万円余りの賠償を命じました。

津波で犠牲になった人の遺族が自治体などを訴えた裁判で、『震災前』の防災対策の不備を理由に賠償を命じた判決は初めてでした。

 

防災対策について『震災後ではなく〈震災前〉』というとこが大変重要な点である。

 

これについて、市と県が上告していましたが、最高裁判所第1小法廷の山口厚裁判長は、11日までに上告を退ける決定をし、市と県に賠償を命じた判決が確定しました。

決定は上告理由に当たらないとし、5人の裁判官の全員一致の意見となっています。


最高裁が学校と行政の『震災前の防災対策に過失』があったと認めた2審の判断を維持した。

 

事前防災の不備による責任を初めて認め、市と県に約14億円の賠償を命じた2審・仙台高裁判決(2018年4月)が確定した。


教育関係機関は教育と同時に生徒の安全を確保しなければいけない立場にある。

 

特に宮城県地震災害の多い県です。『宮城県沖地震』や『三陸地震』など多数ある。※下記参考資料あり

 

ましてや海岸に近いところにある学校では普段から津波の大小にかかわらずより高いところに避難するように指導訓練すべきだ。

危機管理不足ということになる。

 

☆彡現行よりも高度な「事前防災」の必要性あり!
今回、最高裁の判断が全国の教育現場の防災対策に影響を与える可能性があるとして注目されていたのは、2審の判決が、学校や行政に対して、ふだんから高いレベルの防災対策に取り組む義務があるとしたことです。

大川小学校は山の中にある学校ではなく、海に近い学校なのである。

海の災害というと暴風もさることながら一番に頭に浮かぶのは「津波」である。

万が一津波が来たときには生徒を安全な場所に避難させるようにマニュアルを作成し、心掛けておくべきである。

児童らの安全対策をさらに進める契機になりそうだ。(事前防災の強化の必要性)

東日本大震災後防災についての取り組みが学校はもとより地域でも論議がなされ対策が取られるようになったことは喜ばしいことである。

津波からの避難をめぐり、遺族が学校や勤務先などに賠償を求めた裁判で、大川小学校の裁判の2審判決はほかのどの判断とも異なり、注目されました。

【2審判決の特徴1 事前防災】
2審判決の1つ目の特徴は、「震災前の防災対策に過失があった」と判断したことです。

大川小学校をめぐる裁判の1審判決や、そのほかの津波の避難をめぐる裁判の判決では、「地震が起きてから津波が来るまでの対応」に過失があるかどうかによって、賠償責任が判断されてきました。

一方、2審判決は、震災前に、津波の予測や小学校の立地を詳細に検討すれば津波の危険性を予測するのは十分可能だったとしました。そのうえで、震災前に危機管理マニュアルで、避難の経路や避難方法を定めておくべきだったのに怠ったと指摘しました。

【2審判決の特徴2 児童の安全確保義務】
このように、学校側に高いレベルの防災対策を求める前提としたのが、学校には、「学校保健安全法」によって児童の安全を確保する義務があると、明確に判断したことです。

これが2つ目の特徴です。校長や教頭らは、義務教育で児童を預かる以上、一般の住民よりも防災に対してはるかに高い知識や経験が必要だとしました。
大川小学校が津波ハザードマップで浸水予想区域に含まれていなかったことについて「児童の安全に直接関わるため、独自の立場から信頼性を検討すべきだった」などと指摘しています。

【2審の特徴3 行政にも責任】
3つ目の特徴は、校長など教育現場だけにとどめず、教育委員会や行政の防災担当部局の関与にまで踏み込み、「市の教育委員会は学校の対策に不備があれば指導すべき義務があるのに怠った」と指摘したことです。

☆彡全国の学校現場に影響か?
こうした2審の判断を最高裁が維持したことで、学校側の事前の防災対策が足りないと、災害で被害が出たときに賠償責任を負うケースがあることが明確になった。

今後、全国の教育現場に影響を与える可能性があります。児童や保護者にとっては子どもたちの安全確保に重きを置いた司法判断で、学校や行政がどのように受け止め、対策が進められるかが注目されます。

しかし問題は山積みであるし、課題は多い。学校側に、過大な責務を負わせ過ぎないかということも懸念される。

限界はどこにあるかということになる。
10メートルの津波を予測してマニュアルを作るか、20メートルの津波を予測すればよいのか?

しかも、のんびりと構えていられない。

M7程度の地震がいつ起こるかしれないのだ。

「『事前防災』に時間がかかりました。」では済まされない。


「事前防災」
沿岸部にお住いの方は大きな地震が起きた際は「より遠くではなく、より高いところ」へ迅速に、避難するようにしなければならない。

情報の収集、指導、訓練と今できることからやっていこう。


☆彡ほかにも「津波避難訴訟」相次ぐ
東日本大震災での津波からの避難をめぐっては、大川小学校のほかにも、遺族が学校や勤務先などに対して責任を問う裁判が相次いで起こされました。

【野蒜(のびる)小学校訴訟】
このうち、宮城県東松島市の野蒜小学校では、いったん学校に避難した児童が、同級生の親に引き渡されて浸水予測区域に囲まれていた自宅へ帰り、津波の犠牲になりました。
児童の遺族が起こした裁判では、学校側には災害時に児童を引き取ることになっていた家族が来るまで児童を保護する義務があったとして、東松島市に賠償を命じた判決が確定しています。

【日和(ひより)幼稚園訴訟】
石巻市の日和幼稚園の送迎バスが津波に巻き込まれ、園児の遺族4人が起こした裁判では、1審で「園長が十分に情報を収集せずにバスを海側に出発させたため、園児が津波に巻き込まれる結果になった」として幼稚園側に賠償を命じ、2審で和解が成立しました。

【山元自動車学校訴訟】
宮城県山元町の自動車学校の教習生や従業員の合わせて26人の遺族が起こした裁判でも、1審で「教習生らを速やかに避難させる義務があった」として、学校側に賠償を命じ、2審で和解しています。

《いずれも事後対応で過失認定》
これらの判決はいずれも、大地震が起きてから津波が来るまでの避難行動、つまり「事後対応」に過失があったと認めて、賠償を命じています。

大川小学校の裁判でも1審は、事後対応の過失を賠償の理由としました。震災前の防災対策に不備があったこと、つまり「事前防災」の過失を賠償の理由としたのは、大川小学校の裁判の2審だけです。

☆彡遺族側敗訴例
①【七十七銀行女川支店訴訟】
一方で、宮城県女川町にあった七十七銀行の支店で、高さおよそ10メートルの屋上に避難して津波の犠牲になった3人の遺族が起こした裁判では、「想定外の津波に備えるのは銀行の責任者に過大な義務を課すことになる」などとして、遺族側の敗訴が確定しました。

②【山元町保育所訴訟】
また、宮城県山元町の町立東保育所の園児2人の遺族が起こした裁判では、「海から1.5キロ離れた保育所津波が到達する危険を予測できなかった」として遺族側の敗訴が確定しています。


東日本大震災
東日本大震災(ひがしにほんだいしんさい、ひがしにっぽんだいしんさい)は、2011年(平成23年)3月11日14時46分18.1秒に発生した東北地方太平洋沖地震とそれに伴って発生した津波、およびその後の余震により引き起こされた大規模地震災害である。この震災によって福島第一原子力発電所事故が起こった。

2011年(平成23年)3月11日(金曜日)14時46分18秒(日本時間)、宮城県牡鹿半島の東南東沖130km、仙台市の東方沖70kmの太平洋の海底(深さ24km)を震源(北緯38度06.2分、東経142度51.6分、深さ24km)とする東北地方太平洋沖地震が発生した。

地震の規模はモーメントマグニチュード (Mw) 9.0で、発生時点において日本周辺における観測史上最大の地震である。震源は広大で、岩手県沖から茨城県沖までの南北約500km、東西約200キロメートルのおよそ10万km2という広範囲全てが震源域とされる。最大震度は宮城県栗原市で観測された震度7で、宮城・福島・茨城・栃木の4県36市町村と仙台市内の1区で震度6強を観測した。

 

※大川小の児童は2011年3月11日の地震発生後、校庭に避難。その後、教員が高さ約7メートルの高台に誘導しようと移動した直後に津波が押し寄せた。同小の犠牲者は児童74人、教職員10人に上った。
犠牲となった児童23人の遺族は14年3月に提訴。「マニュアルに具体的な避難場所や方法の記載がなく、極めて不十分」などと訴えていた。一審判決は、地震発生後の教員らの対応に過失があったと認定したが、震災前の学校側の防災体制の不備は認めなかった。

 

 ※参考 稲むらの火


まんが日本昔ばなし「稲むらの火」(HD)高画質

稲むらの火(いなむらのひ)は、1854年嘉永7年/安政元年)の安政南海地震津波に際しての出来事をもとにした物語。
地震後の津波への警戒と早期避難の重要性、人命救助のための犠牲的精神の発揮を説く。小泉八雲の英語による作品を、中井常蔵が翻訳・再話したもので、文部省の教材公募に入選し、1937年から10年間、国定国語教科書(国語読本)に掲載された。防災教材として高く評価されている。
もとになったのは紀伊国広村(現在の和歌山県有田郡広川町)での出来事で、主人公・五兵衛のモデルは濱口儀兵衛(梧陵)である。

 

※参考資料 東北北海道地方の地震(歴史)明治以降
1896年 明治三陸
 発生:明治29年6月15日
 規模:8.2~8.5
 津波地震で死者・行方不明者2万人超
1896年 陸羽地震
 発生:明治29年8月31日
 規模:M7.2
 死者209人
1897年 宮城県沖地震
 発生:明治30年2月20日
 規模:M7.4
 地割れや液状化現象が多数観測される
1898年 宮城県沖で地震
 発生:明治31年4月23日
 規模:M7.2
 北海道から近畿にかけて有感
1900年 宮城県北部で地震
 発生:明治33年5月12日
 規模:M7.0
1900年 安達太良山 噴火*
1901年 青森県東方沖で地震
 発生:明治33年8月9〜10日
 規模:M7.2〜7.4
1902年 青森県三八城北地方で地震
 発生:明治35年1月30日
 規模:M7.0
1905年 福島県沖で地震
 発生:明治38年7月7日
 規模:M7.1
1914年 仙北地震
 発生:大正3年3月15日
 規模:M7.1
1915年 宮城県沖で地震
 発生:大正4年11月1日
 規模:M7.5
 岩手県宮城県の沿岸に小津波
1928年 宮城県沖で地震
 発生:昭和3年5月27日
 規模:M7.0/最大震度4(青森市宮古市盛岡市

1931年 日本海北部で地震
 発生:昭和6年2月20日
 規模:M7.2/最大震度3(北海道、青森県茨城県
1931年 三陸沖で地震
 発生:昭和6年3月9日
 規模:M7.2/最大震度4(北海道、青森県岩手県
1932年 日本海北部で地震
 発生:昭和7年9月23日
 規模:M7.1/最大震度3(北海道、青森県岩手県
1933年 昭和三陸地震
 発生:昭和8年3月3日
 規模:M8.1/最大震度5
 大津波により死者・行方不明者3000人超
1933年 宮城県沖で地震
 発生:昭和8年6月19日
 規模:M7.1/最大震度4(宮古市盛岡市ほか)
1935年 三陸
 発生:昭和10年10月18日
 規模:M7.1/最大震度3
1936年 宮城県沖で地震
 発生:昭和11年11月3日
 規模:M7.4/最大震度5(仙台市石巻市いわき市ほか)
1937年 宮城県沖地震
 発生:昭和12年7月27日
 規模:M7.1/最大震度5(石巻市
1938年 福島県東方沖地震(塩屋崎沖地震
 発生:昭和13年11月5日〜7日
 規模:M6.9〜7.5/最大震度5(福島県宮城県茨城県
 複数の大地震が発生
 東北から関東で、太平洋側沿岸部に津波
1939年 男鹿地震
 発生:昭和14年3月20日
 規模:M6.8/最大震度5(秋田市
1943年 青森県東方沖で地震
 発生:昭和18年6月13日
 規模:M7.1/最大震度4(苫小牧市青森市八戸市
1945年 青森県東方沖で地震
 発生:昭和20年2月10日
 規模:M7.1/最大震度5(八戸市
1950年 宗谷東方沖で地震
 発生:昭和25年2月28日
 規模:M6.4/最大震度4(釧路市青森市むつ市
1952年 十勝沖地震
 発生:昭和27年3月4日
 規模:M8.2/最大震度5(北海道)
 北海道から東北北部で津波の被害が広がった
 津波の規模は東北地方では青森県八戸市で2mなど
 死者・行方不明者33人

1956年 白石地震
 発生:昭和31年9月30日
 規模:M6.0/最大震度4(福島市
 蔵王山が噴火するというデマにより一時混乱
1960年 三陸沖で地震
 発生:昭和35年3月21日
 規模:M7.2/最大震度4(青森市八戸市宮古市むつ市ほか)
1964年 新潟地震
 発生:昭和39年6月16日
 規模:M7.5/最大震度5(新潟県山形県宮城県福島県
1968年 十勝沖地震
 発生:昭和43年5月16日
 規模:M7.9/最大震度5(北海道、青森、岩手)
 三陸津波
1968年 三陸沖で地震
 発生:昭和43年6月12日
 規模:M7.2/最大震度4 
 十勝沖地震の余震
1978年 宮城県沖地震
 発生:昭和53年6月12日
 規模:M7.4/最大震度5(宮城県岩手県山形県福島県) 
 津波あり
1981年 三陸地震
 発生:昭和56年1月19日
 規模:M7.0/最大震度4(宮古市盛岡市、一関市、仙台市) 
1983年 日本海中部地震
 発生:昭和58年5月26日
 規模:M7.7/最大震度5(深浦町秋田市
 日本海沿岸部に大津波
 死者100人超 
1983年 青森県西方沖で地震
 発生:昭和58年6月21日
 規模:M7.1/最大震度4(青森市深浦町
 日本海中部地震の余震(最大)
1989年 三陸沖で地震
 発生:平成元年11月2日
 規模:M7.1/最大震度4(青森市、大船戸市、盛岡市
 久慈で1.3mの津波
1993年 北海道南西沖地震
発生:平成5年7月12日
規模:M7.8/最大推定震度6(奥尻島
1994年 三陸はるか沖地震
 発生:平成6年12月28日
 規模:M7.6/最大震度6
 津波:0.6~1m
1995年 三陸沖で地震
 発生:平成7年1月7日
 規模:M7.2/最大震度5(盛岡市葛巻町
 三陸はるか沖地震の余震(最大)
1998年 岩手県内陸部北部地震
 発生:平成10年9月3日
 規模:M6.2/最大震度6弱岩手県雫石町
2003年 宮城県沖で地震
 発生:平成15年5月26日
 規模:M7.1/最大震度6弱岩手県宮城県
2003年 宮城県北部で地震
 発生:平成15年7月26日
 規模:M6.4/最大震度6強宮城県南郷町矢本町鳴瀬町
 ほか前震余震で震度6弱を2度観測)
2005年 宮城県沖で地震
 発生:平成17年8月16日
 規模:M7.2/最大震度6弱宮城県川崎町)
2005年 三陸沖で地震
 発生:平成17年11月15日
 規模:M7.2/最大震度3(北海道から関東にかけて)
 大船渡市で最大50cmの津波
2008年 岩手・宮城内陸地震
 発生:平成20年6月14日
 規模:M7.2/最大震度6強岩手県奥州市宮城県栗原市
 死者・行方不明者23人
2011年 東日本大震災
 発生:平成23年3月11日
 規模:M9.0/最大震度7
 津波:40.1m
 死者・行方不明者1万5000人超
 前後にM7を超える余震が三陸沖で発生

4月5日、仙台の桜(ソメイヨシノ)の開花を宣言! 平年より 6日 早く(平年は、4月11日)、 昨年より 6日 遅い

  仙台管区気象台は4月5日、仙台の桜(ソメイヨシノ)の開花を宣言した。


 1953(昭和28)年からソメイヨシノの開花観測を行っている同気象台。今年は平年より6日早く、昨年より6日遅い開花宣言となった。この日の最高気温は21度を超え、春本番の陽気だった。

◆さくら(そめいよしの)開花

平年より 6日 早く(平年は、4月11日)、 昨年より 6日 遅い(昨年は、3月30日)観測です。


仙台管区気象台では、1953年(昭和28年)から「そめいよしの」 の開花の観測を行っており、これまでの一番早い記録、一番遅い記録は以 下の通りです。 一番早い記録(最早):2002年(平成14年) 3月29日 一番遅い記録(最晩):1984年(昭和59年) 4月28日


(参考)
<さくら開花の観測方法>
気象台の構内に植えられた生物季節観測用標本木を対象に、目視により開花を観測
します。観測は「日」を単位として行い、標本木に5~6輪以上の花が咲いた状態を
開花とします。

 ソメイヨシノシダレザクラエドヒガン、ベニシダレなど19種類、約370本の桜が楽しめる榴岡公園仙台市宮城野区五輪1)では、4月1日から花見広場を設置。飲食屋台の出店やライトアップ(18時〜21時)のほか、週末を中心にイベントも予定する。飲食屋台の出店は、お花見自由広場=4月29日まで、南エントランス=5月6日まで。

 ソメイヨシノ・ヤエザクラ・シダレザクラなど約50種類・約750本の桜を誇る三神峯公園(太白区三神峯1)では、4月5日から「さくら祭り」を開催。

 ソメイヨシノエドヒガン・サトザクラヤマザクラなど約200本の桜が植わる西公園(仙台市青葉区桜ヶ岡公園)では4月5日から、「西公園 櫻岡(さくらがおか)花見」を開催。

 

仙台の満開予想は今月10日。

 

※仙台の桜を始めとする花々の開花宣言は、仙台管区気象台敷地内の樹木を標準として行われます。

仙台市宮城野区五輪一丁目つつじが岡公園にある標準木

 

【開花情報】 4月5日に仙台・福島・新潟、4日に彦根、1日に金沢、3月29日に奈良、28日に宇都宮・静岡・津・富山・福井・徳島、27日に京都・大坂・甲府・岡山・水戸・前橋・神戸、26日に熊本・松江・鳥取・高松、25日に鹿児島・和歌山・熊谷・銚子・下関、24日に大分、23日に佐賀、22日に名古屋・高知・岐阜・広島・松山・宮崎、21日に東京・福岡・横浜、20日に長崎が開花しています。

気仙沼大島大橋(鶴亀大橋)で「橋上ウォーキング」が30日に行われる。

宮城のライフライン2題

東日本大震災の復興道路として国が整備している三陸沿岸道路の歌津インターチェンジ(IC、宮城県南三陸町)―小泉海岸IC(同県気仙沼市)の10キロが2月16日、開通した。この延伸で、県最北端の気仙沼市仙台市と直結。首都圏へのアクセスが向上し、特産の水産物の輸送速度向上や観光客の増加が期待される。

南三陸町で開かれた式典には、国土交通省や地元の関係者らが出席。石井啓一国交相は「物流や周遊観光に大きく貢献し、沿岸地域の復興、まちづくりを力強く後押しすることを期待している」とあいさつした。


この日は、気仙沼市内の本吉津谷IC―大谷海岸IC間の4キロも開通した。
三陸沿岸道路は仙台市から青森県八戸市までの沿岸部を結び、総延長は359キロ。今回の開通で、66%に当たる238キロが整備済みとなった。気仙沼市の一部と、青森、岩手両県に未開通区間が残っており、国は2020年度の全線開通を目指している。

 

気仙沼市の本土と離島・大島を結ぶ「気仙沼大島大橋(鶴亀大橋)」(長さ356メートル)が4月7日に開通するのを前に、市は30日、完成した橋を歩いて見学する記念イベントを開いた。大島と本土側・浦島地区の子どもから高齢者まで約300人が参加し、数日後に迫った開通に期待を膨らませた。

 気仙沼市の離島・大島と本土を結ぶ「気仙沼大島大橋」が来月7日に開通するのを前に、島民らが橋を歩いて渡る「橋上きょうじょうウォーキング」が30日に行われた。

 島民の要望を受け、県や同市が企画。大島と対岸側の浦島地区の住民ら計約300人が参加した。長さ356メートルの橋の上はこの日、寒風が吹き付けたが、参加者たちは気仙沼湾に養殖イカダが浮かぶ眼下の様子や大島を写真に収めるなどしながら、ゆっくりと歩を進めていた。

 大島と本土を結んでいる定期船は、1時間に1便ほどしかなく、同橋が開通すれば、通勤や通学、買い物などの利便性も格段に向上する。島民にとって、1967年に県の「県勢発展計画」で構想が掲げられて以来の悲願と言える。
 大島に住む主婦さん(86)はつえをつきながら20分間かけて橋を渡り終えると、「橋からの景色を目に焼き付けた。生きているうちに渡れて良かった。念願かない、冥土めいどの土産になるねえ」と、笑顔を見せていた。


◆大島架橋事業で整備を進めてきました気仙沼大島大橋は,平成31年4月7日(日曜日)に開通します。
宮城県東日本大震災からの「復興のシンボル」と位置づけ、整備を進めてきた同県気仙沼市本土と離島の大島を結ぶ「気仙沼大島大橋」について、4月7日に供用を始めると発表した。東北では初めての離島への架橋となる。
 大島地区の人口は約2500人。震災時には長期間、孤立を余儀なくされた。県は平成23年度に架橋事業(事業費約270億円)に着手。32年度までに同市本土と大島を結ぶ約8キロを整備する計画で、今回は同橋(約356メートル)を含む5・5キロ区間(本土側の浪板橋-大島磯草間)の供用が開始される。同橋はアーチ橋で昨年11月に工事が完了。


☆彡「橋上きょうじょうウォーキング」
【概 要】
1 日 時 3月30日(土) 午前9時50分~午後3時

2 会 場 気仙沼大島大橋

3 内 容 橋の見学として橋上をウォーキングしていただきます(往復)

 

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東日本大震災は3月11日、発生から8年を迎えるも復興は終わらず。東北六県の人口減拡大・加速

東日本大震災は11日、発生から8年を迎える。
巨大地震津波原発事故による犠牲者は行方不明者、関連死を含め全国で計2万2131人に上る。

宮城県名取市閖上地区は昨年、災害公営住宅全463戸が完成。街づくりが急ピッチで進む。住民は計画の半数近い1000人に達した。5月に催される「まちびらき」は、平成に代わる新しい世の幕開けとも重なる。

 3県では本年度中に災害公営住宅の98.7%が完成、民間住宅向けの宅地も97.7%が工事を終える。果てなく思えた復興事業はラストスパートに入った。一方で、福島県民を中心に全国の5万1778人(2月7日現在)が今も避難生活を送る。3000人以上はプレハブ仮設住宅の不自由な暮らしのまま。営みを取り戻す苦闘は続く。 復興は終わらない。

東日本大震災死者数(行方不明者数)8日調べ
宮城  9542人(1219人)
岩手  4674人(1116人)
福島  1614人(196人)
全国 15897人(2533人)

 

◆東北六県の人口減拡大・加速・・・2045年、620万人と3割減に
国立社会保障・人口問題研究所は30日、2045年までの将来推計人口を公表した。東北6県の45年の総人口は約620万人で、15年(約898万人)の7割弱に減少する。少子高齢化も一段と進展し、秋田県では45年に人口の2人に1人が65歳以上となる。各自治体にとっては、経済活力の維持などが大きな課題となりそうだ。
各県の45年の人口を15年を基準に見ると、秋田の減少率(41.2%減)が全国で最も大きく、青森(37%減)、山形(31.6%減)が続く。減少率が最も小さい宮城も22.5%の減少となる。
同研究所が5年前にまとめた同様の調査では、40年までの人口を推計している。40年の各県人口を今回と前回で比べると、岩手を除く5県で減少幅が拡大。人口減少ペースが加速していることをうかがわせる。

620万人というと千葉県1県の人口にほぼ等しい。

 

都道府県人口2018年10月1日現在
# 都道府県 人 口
1 東京都 13,843,403
2 神奈川県9,179,835
3 大阪府 8,824,566
4 愛知県 7,539,185
5 埼玉県 7,322,645
6 千葉県 6,268,585
7 兵庫県 5,483,450
8 北海道 5,285,430
9 福岡県 5,111,494
10 静岡県 3,656,487

東日本大震災

2011年(平成23年)3月11日(金曜日)14時46分18秒(日本時間)、宮城県牡鹿半島の東南東沖130km(北緯38度06.2分、東経142度51.6分、深さ24km)を震源とする東北地方太平洋沖地震が発生した。
地震の規模はモーメントマグニチュード (Mw) 9.0で、発生時点において日本周辺における観測史上最大の地震である。
震源域は広大で、岩手県沖から茨城県沖までの南北約500km、東西約200kmのおよそ10万km2に及ぶ。最大震度は宮城県栗原市で観測された震度7で、宮城・福島・茨城・栃木の4県36市町村と仙台市内の1区で震度6強を観測した。

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『気温が平年より高く、春の訪れ早まる』「由緒正しい春」~「恋焦がれる春」、東北の1か月から3か月の長期天気予報より

2019年東北の1か月から3か月の天気予報

 

まだ見ぬ遠き春よ♪~

    「由緒正しい春」~「恋焦がれる春」

 

①予報期間 2月23日から1ヶ月
2019年2月21日発表

期間の前半は、気温がかなり高くなる可能性があります。

<予想される向こう1か月の天候>
向こう1か月の出現の可能性が最も大きい天候と、特徴のある気温、降水量等の確率は以下のとおりです。
東北日本海側では、平年に比べ曇りや雪または雨の日が少ないでしょう。東北太平洋側では、平年と同様に晴れの日が多いでしょう。
向こう1か月の平均気温は、高い確率70%です。
向こう1か月の降水量は、東北日本海側で少ない確率50%です。
向こう1か月の日照時間は、東北日本海側で平年並または多い確率ともに40%です。
向こう1か月の東北日本海側の降雪量は、少ない確率70%です。
週別の気温は、1週目は、高い確率70%です。
週別の気温は、2週目は、高い確率70%です。
週別の気温は、3~4週目は、高い確率50%です。

 


②気象台が発表した長期予報によりますと、東北地方では、来月から5月までの気温が平年より高くなる見込みで、気象台は「春の訪れが早まる」としています。

気象台は、春から夏にかけての、東北地方の長期予報を発表しました。
このうち、来月から5月にかけての「3か月予報」では、東北の日本海側、太平洋側ともに、平均気温が平年よりも高くなる見通しで、気象台は「春の訪れが早まる」としています。
月別に見ますと、来月は、太平洋側では平年のように晴れの日が多く、日本海側でも寒気の影響を受けにくいため、気温は平年より高くなる見通しです。
降水量は、日本海側では平年並みか、少なくなり、太平洋側ではほぼ平年並みと予想されています。
4月は、高気圧と低気圧が交互に通るため、天気は数日の周期で変わる見通しで、気温は平年並みか高くなり、降水量はほぼ平年並みと予想されています。
5月も引き続き、天気は短い周期で変わる見込みで、気温・降水量ともにほぼ平年並みと予想されています。
一方、6月から8月にかけての「暖候期予報」も発表されました。
それによりますと、ことしの夏は、太平洋高気圧の張り出しが弱く、前線や湿った気流の影響を受けやすいため、降水量は平年並みか多くなり、暑さはほぼ平年並みになる見通しです。

 

☆彡亀井勝一郎が「大和古寺風物誌」薬師寺-春の中で

 

 

「西ノ京から薬師寺唐招提寺へ行く途中の春景色に初めて接したとき、これが本当の『由緒正しい春というものなのかと思った』」と述べています。

 

西ノ京が「由緒正しい春」 というのならばみちのくは「恋焦がれる春」といえるだろう。

 


薬師寺 桜 【2010年 春】

 

 ※この道が薬師寺唐招提寺を結ぶ「歴史の道」


奈良 喜光寺~唐招提寺~薬師寺を自転車で行く Let's go around Yakushiji &Toshodaiji (temples) in Nara by bicycle.

 

薬師寺(やくしじ)は、奈良県奈良市西ノ京町に所在する寺院であり、興福寺とともに法相宗大本山である。南都七大寺のひとつに数えられる。本尊は薬師如来、開基(創立者)は天武天皇。1998年(平成10年)に「古都奈良の文化財」の一部として、ユネスコより世界遺産に登録されている。

薬師寺天武天皇9年(680)に天武天皇が皇后(後の持統天皇)の病気快復を祈り発願(ほつがん)された1300年の歴史を持つ寺です。

 

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東北線の田尻(大崎市)、新田(登米市)、陸羽東線の岩出山(大崎市)の3駅が利用者減で無人化 来月3月16日から

 東北線の田尻(大崎市)、新田(登米市)、陸羽東線岩出山大崎市)の3駅が利用者減で無人化 来月3月16日から

 JR東日本の3月16日のダイヤ改正に合わせて東北線の田尻(大崎市)、新田(登米市)、陸羽東線岩出山大崎市)の3駅が無人化されることが19日、分かった。

 JR東日本仙台支社は利用者の減少などを理由に挙げる。無人化に伴い駅員在席時に可能だった定期券の購入などは、最寄りのみどりの窓口設置駅で行う。

 同支社は「不便をおかけするが、清掃などはJRが引き続き担当する。これまで通りの利用をお願いしたい」と話す。

グーグル地図

 

田尻駅大崎市
田尻駅(たじりえき)は、宮城県大崎市田尻沼部字塩加良(しおから)にある、東日本旅客鉄道JR東日本東北本線の駅である。

歴史
1908年(明治41年)12月25日:開業。
1984年(昭和59年)12月1日:無人化。以降、小牛田駅派遣により出改札業務を継続。
1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化によりJR東日本の駅となる。有人化。

所属路線 東北本線
キロ程 401.1km(東京起点)

駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
乗車人員 -統計年度- 434人/日(降車客含まず)-2017年-
(2000年(平成12年)694人/日)
開業年月日 1908年(明治41年)12月25日

隣の駅 東北本線 小牛田駅 - 田尻駅 - 瀬峰駅

 

新田駅登米市
新田駅(にったえき)は、宮城県登米市迫町新田字狼ノ欠(おいのがけ)にある、東日本旅客鉄道JR東日本東北本線の駅。

歴史
1894年(明治27年)1月4日:日本鉄道の駅として開業。
1906年明治39年)11月1日:日本鉄道が国有化され、国鉄の駅となる。
1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により、東日本旅客鉄道の駅となる。

所属路線 東北本線
キロ程 416.2km(東京起点)

駅構造 地上駅
ホーム 2面3線(実質2面2線)
乗車人員-統計年度-244人/日(降車客含まず)-2017年-
(2000年(平成12年)380人/日)
開業年月日 1894年(明治27年)1月4日


隣の駅 東北本線 梅ケ沢駅 - 新田駅 - 石越駅


岩出山駅(大崎市
岩出山駅(いわでやまえき)は、宮城県大崎市岩出山字東川原にある、東日本旅客鉄道JR東日本陸羽東線の駅である。

所属路線■陸羽東線
キロ程 24.8km(小牛田起点)

駅構造 地上駅
ホーム 1面2線
乗車人員 -統計年度-198人/日(降車客含まず)-2017年-
(2000年(平成12年)553人/日)
開業年月日 1913年(大正2年)4月20日

隣の駅
東日本旅客鉄道JR東日本)■陸羽東線
臨時快速「リゾートみのり」停車駅
■普通
西大崎駅 - 岩出山駅 - 有備館

 

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「2019せんだい・杜の都親善大使」3人を募集中

「2019せんだい・杜の都親善大使」3人を募集中

 

せんだい・杜の都親善大使選考・運営委員会は、「2019せんだい・杜の都親善大使」3人を募集している。 任期は5月1日から2020年4月30日まで。仙台を国内外にアピールする「顔」として、仙台・青葉まつり仙台七夕まつりSENDAI光のページェントなど1年を通して仙台の魅力を発信してもらう。


 応募資格は2019年4月1日現在、高校生を除く満18歳以上の男女で、仙台市内に居住または、宮城県に居住し、仙台市内に通勤・通学している方。親善大使として、行政・経済団体などの諸行事、各種観光宣伝事業に1年を通して従事できることが条件。
 応募は、ホームページからダウンロードまたは仙台市営地下鉄構内などに置いてあるパンフレット裏面の応募用紙に必要事項を記入。1年以内に撮影した顔アップの写真(タテ7センチ×ヨコ4.6センチ)を添えて封書で〒980-8414仙台市青葉区本町2-16-12、仙台商工会議所内「せんだい・杜の都親善大使」係へ。締切は3月15日(金)。当日消印有効。


 4月6日(土)に面接選考を行い、午前中の1次選考通過者が、午後の仙台市青葉区の仙台三越定禅寺通り館1階「光の広場」で公開選考に進む。親善大使に選ばれた3人には、賞金10万円とトロフィーが贈られる。


 問い合わせは、せんだい・杜の都親善大使選考・運営委員会022(265)8184。

 

☆彡2018せんだい・杜の都親善大使の3人のご紹介


 PRステージ 2018せんだい・杜の都親善大使


東北絆まつり盛岡2018(岩手)2日目メイン会場メインステージ:伊達武将隊・杜の都親善大使<仙台七夕まつり(仙台すずめ踊り)>「東北六魂祭」後継イベントMorioka Iwate 13/24


2018せんだい・杜の都親善大使の3人。金あおいさん、佐藤早紀さん、笹木花梨さん
親善大使の紹介


★金 あおい (こん あおい)


名前:金 あおい (こん あおい)
職業:学生(宮城教育大学)
現住所:仙台市青葉区
年齢:21歳

自己紹介
この度は、せんだい・杜の都親善大使に選んでいただき、ありがとうございます。生まれ育った大好きな仙台で、このような機会をいただきとても光栄に思います。
私はいろいろな国の食や文化にとても興味があります。これまで留学生や海外の方々との交流を通して、仙台にはまだまだ知られていない魅力がたくさんあると実感しました。仙台の魅力をより深く学び発見し、一人でも多くの方に、「もっと知りたい」「訪れたい」と思ってもらえるように活動していきたいと考えております。一年間どうぞよろしくお願い致します。

抱負
自然、食、イベント、国際交流、音楽、スポーツなど、仙台の良さは多岐にわたります。豊かな自然のもとで美味しい食があり、四季折々の祭りを楽しむことができると感じています。
「明るい笑顔で、丁寧に」を心掛け、このような魅力あふれる仙台を、多くの方に発信していきたいと考えております。

趣味・特技
私は音楽が好きで、仙台ジュニアオーケストラを経験し、今も大学の交響楽団でフルートを続けております。仙台には音楽のイベントが多くありますので、いつも心癒されています。
また、私は自然科学が好きです。よく仙台市天文台にも行き、星空散歩を楽しんでいます。


★佐藤 早紀 (さとう さき)


名前:佐藤 早紀 (さとう さき)
職業:学生(宮城大学)
現住所:仙台市青葉区
年齢:20歳

自己紹介
この度は、せんだい・杜の都親善大使に選出いただき、ありがとうございます。幼いころからお世話になっているこの地で、仙台をPRする役目を与えて頂けたこと、本当に嬉しいです。まだまだ知られていない仙台ならではの魅力を、心を込めて皆様にお伝えしていきたいです。
明るくさわやかに精一杯頑張りますので、一年間どうぞよろしくお願い致します。

抱負
多くの方々との出会い・繋がりに感謝をし、仙台を少しでも多くの方に好きになって頂けるように、自分にできる事を追求していきたいです。私らしく、笑顔で、多くの方に親しみを持って頂ける身近な存在になれるよう、何事も前向きに全力で取り組んでまいります。

趣味・特技
私は食べることと体を動かすことが大好きです。爽やかな風を感じながら近所をランニングしたり、仙台の街を行先も決めずにぶらりと散歩したりすることが最近の一番のリフレッシュになっています。
また、友人と仙台のカフェめぐりをして、おいしいものを食べながらゆっくりとお話をすることにも幸せを感じます。私ならではのローカルな視点での身近な仙台の楽しみ方についても皆様にお伝えしていければと思っております。


★笹木 花梨 (ささき かりん)


名前:笹木 花梨 (ささき かりん)
職業:学生(宮城教育大学)
現住所:仙台市太白区
年齢:20歳

自己紹介
この度は、せんだい・杜の都親善大使に選んでいただきましてありがとうございます。
マレーシア・クアラルンプール市で生まれ、その後、横浜、香港と転々としてきましたが、小学校三年生からはずっと仙台で生活しています。ふるさと・仙台のために活動させていただきますこと、大変光栄に思っております。
日々感謝の気持ちを忘れずに精一杯活動させていただきます。一年間、どうぞよろしくお願いいたします。

抱負
海外で生活したからこそ感じる仙台の魅力を県内外だけでなく、海外の方々にもPRできる親善大使となりたいです。
また、これから各地でたくさんの方々にお会いできることを大変楽しみに思っております。SNSで発信することが主流となり、顔と顔を合わせ、直接PRさせていただくことが貴重だと感じる今だからこそ、皆さまとの出会いを大切に責務を果たせるよう精進してまいります。

趣味・特技
仙台の街を散策することが好きです。定禅寺通で木漏れ日の中ゆったり散歩する時間、お気に入りのスポットを見つける時間は私の至福の時です。
趣味はジムで汗を流すことです。幅広い世代の方々と仙台の情報交換をすることもジムへ通う楽しみの一つです。
特技は、英語、中国語です。大学二年生の頃、仙台駅で偶然台湾からの観光客の方に道を聞かれたことがありました。その際は中国語でお話をしながら目的地までお連れし、大変喜んでいただきました。特技を生かして、これからも多くの方々に笑顔になっていただけるように努めて参ります。

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