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登米市の登米伊達家第16代当主が生産する「伊達家のハチミツ」が評判を呼ぶ

「伊達家のハチミツ」土産物に人気・登米
 


 登米市の登米伊達家第16代当主が生産する「伊達家のハチミツ」が評判を呼んでいる。自然豊かな環境で採蜜され、砂糖などを加えない天然のはちみつは、同市内の土産物販売所で人気商品となっている。

 

 第16代当主は同市登米町に住む仙台大客員教授の伊達宗弘さん(69)。父で先代の裕雄さん(故人)が昭和初期に養蜂業を始め、交通事故で体調不良になった1971年にやめていたのを、宗弘さんが再開させた。


 きっかけは4年前、裕雄さんに養蜂を教わったという同市の農家との偶然の出会い。今度は宗弘さんがその農家の指導を受け、3年前から養蜂に取り組んだ。


 自宅は森林に囲まれ、菜の花、レンゲ、桜、藤などの木があり、ミツバチが採蜜する花が豊富だ。現在、ミツバチが入った16箱を自宅敷地内に設置している。宗弘さんは「先代が作ったはちみつの味はしっかり引き継ぎ、昭和初期と変わらないはちみつを作っている」と品質に自信を持つ。

 「伊達家のハチミツ」は、登米市登米町の「観光物産センター 遠山之里」で販売されている。「店に並べるとすぐに売れ、在庫が少なくなる状態だ」と同施設の担当者は話す。


 200グラム入りの瓶が1050円(税込み)。連絡先は遠山之里0220(52)5566。

 

★登米市(とめし)は、宮城県北部、岩手県との県境にある市である。いわゆる「平成の大合併」における登米郡8町と本吉郡津山町の合併によって2005年(平成17年)に誕生した


面積
536.12km²
 

総人口
80,919人
 (推計人口、2015年5月1日)

人口密度
151人/km²

概要
宮城県の北部に位置し、栗原市と本吉郡の間にあり、岩手県と境を接する。古くから米の名産地として知られる市である。冬には伊豆沼・内沼、市内中心部を流れる迫川などに多くの渡り鳥が飛来する。市名の読みは登米市(とめし)であるが、市内の登米町は(とよままち)と読む。


したがって「登米市登米町」は「とめしとよままち」と重箱読みをする。

●歴史
奈良時代以前からこの地には「遠山(とおやま)村」という村があり、これが「登米(とよま)」の語源である。蝦夷の抵抗が根強い地域であった。
1189年 奥州藤原氏滅亡。葛西三郎清重が現在の岩手県南から宮城県北上川流域を所領に封ぜられる。

鎌倉~戦国時代には葛西氏一族がこの地域を領有。登米寺池城に本拠をかまえる。
戦国時代末期、葛西氏は伊達氏から跡取り養子を迎えるなど、伊達氏と密接な関係をもった。のち、葛西領は「伊達の馬打ち」と呼ばれる“伊達氏の準領土”となった。伊達氏は葛西氏の軍事指揮権を掌握したが、徴税権は葛西氏が保持した。

1590年、東北地方の南半分を征服して“奥羽の覇者”となった伊達政宗は、豊臣秀吉に服属し、秀吉の“日本統一”が達成された。秀吉の奥州仕置により葛西氏は滅亡した。

1590年、葛西氏・大崎氏の旧臣らが秀吉の家臣である新領主・木村吉清親子の支配に抗し、葛西大崎一揆を起こした。この一揆を扇動したのが、秀吉の領土仕置きに不満を抱いていた伊達政宗である。一揆勢は木村親子の籠もる佐沼城を包囲。伊達政宗がこの一揆を扇動していたことが発覚。

窮地に立たされた政宗は、秀吉の命令により「葛西大崎一揆」を鎮圧した。秀吉は政宗から先祖ゆかりの伊達郡や征服した会津地方などを没収し、その代わりに政宗に旧葛西領と旧大崎領を与えた。これにより、現在の登米市(とめし)は伊達領(本拠地:岩出山)の一部となった。

1601年、仙台藩の誕生により、現在の登米市は仙台藩の一部となった。伊達政宗の部将、白石宗実の子・白石宗直は政宗から「伊達」の姓を賜り、寺池城(旧・登米町(とよままち))に入って登米伊達氏の祖となった。

1606年、亘理定宗が政宗から「伊達」の姓を賜り伊達一門になったのに伴い、政宗の庶子・宗根が亘理家を相続し、現在の栗原市の高清水城(旧・高清水町)城主となった(高清水亘理氏)。のち亘理宗根は現在の登米市の佐沼城(旧・迫町)へ居城を移し、「佐沼亘理氏」の祖となった。

1663年 寺池館主伊達宗倫と涌谷館主伊達宗重との間に所領争い有り。後の寛文事件(伊達騒動)の火種となる。

1868年 戊辰戦争の敗北による仙台藩の大幅減封(62万石→28万石)により、登米郡は土浦藩取締地を経て涌谷県となる(のち登米県→一関県→水沢県→磐井県と変遷)。
1876年 宮城県に編入。旧仙台藩領が「仙台県」にならずに「宮城県」と改められたのは、明治新政府が仙台藩の雄藩のイメージを抹殺したためだといわれている。
1932年(昭和7年)新迫川開削着工
1938年(昭和13年)山吉田水門完成
1939年(昭和14年)新迫川完成
2005年(平成17年)4月1日 登米郡8町(迫町、登米町、南方町、東和町、中田町、豊里町、米山町、石越町)と本吉郡津山町が合併。市名は「登米」の語源である「とよま」ではなく、「登米(とめ)郡」の郡名からとって「登米(とめ)市」となった。これにより、登米郡は消滅
2005年(平成17年)11月1日 市章を制定[4]
2007年(平成19年)6月 三陸縦貫自動車道桃生津山インターチェンジ開通
2007年(平成19年)10月 旧北上川河川敷に豊里水辺の公園が開園
2009年(平成21年)3月 三陸縦貫自動車道登米インターチェンジ開通
2010年(平成22年)3月 三陸縦貫自動車道登米東和インターチェンジ開通
2010年(平成22年)6月 豊里・津山渡船を廃止
2011年(平成23年)3月 東北太平洋沖地震により、被害を受けた。
2013年(平成25年)10月8日 登米市豊里町運動公園を会場に、宮城県シニアスポーツ大会が開催された。


世帯数 26,091世帯。(2004年2月28日)

地理

仙台市から北方へ70Km。市内はほぼ平野地で、広大な平野に田園地帯が広がっている。水郷地帯でもあり、冬季には多くの渡り鳥が訪れる。市内東部は北上山地に接しており、林業が行われている。

河川 北上川 迫川

 

湖沼 伊豆沼 内沼(ラムサール条約登録湿地)長沼


観光

名所・旧跡

旧登米町周辺には明治時代の建造物が多く、「みやぎの明治村」と呼ばれている。

教育資料館(旧登米高等尋常小学校校舎)

水沢県庁記念館(旧水沢県庁庁舎)

 

寺池城

佐沼城址

警察資料館(旧登米警察署庁舎)

武家屋敷 春蘭亭

津島神社

後藤寿庵の墓

香林寺山門

山吉田水門

宮城柳津虚空蔵尊

 

横山不動尊

 


自然・名勝

宮城柳津虚空蔵尊および横山不動尊とその周辺の山林は三陸復興国立公園の飛地となっている。

鱒淵川一帯のゲンジボタル生息地
三滝堂
花菖蒲の郷公園
平筒沼ふれあい公園
北上川河川歴史公園
長沼フートピア公園 長沼ボート場(日本ボート協会A級コース 全日本社会人選手権大会会場)


観光スポット

石ノ森章太郎ふるさと記念館

石ノ森章太郎生家

道の駅津山(もくもくハウス)

道の駅米山(あぐりパーク)

チャチャワールドいしこし

道の駅林林館

豊里水辺の公園

産直がんばる館

笑沢自然公園


祭り・イベント
平筒沼ふれあい公園桜まつり
秋葉山神社まつり
日本一はっとフェスティバル
YOSAKOI&ねぷたinとよさと
みなみかた花菖蒲まつり
佐沼夏まつり
伊豆沼・内沼はすまつり
長沼はすまつり
とよま明治村夏祭り
ふるさと花火in長沼
もっこり牛まつり
みろく尊大祭
とよま盆踊り大会
石ノ森章太郎ふるさと記念館夏祭り